2008年7月14日 (月)

Bon Jovi

「乳姉妹」と書いて「ちきょうだい」と読みます(爆)。
86年、かの大映テレビの製作によるこのドラマの主題歌は麻倉未稀の日本語カバーによる「夜明けのランナウェイ」でありました。   凄い入りだな…(笑)。
ボン・ジョビのご紹介です!彼らのデビューは84年。3枚目の「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」がアメリカでのアルバムNo.1に輝いたのが86年という事を考えますと、当伝ロック的には取り上げるには新しすぎるかなぁ、とも思いましたが、もう20年以上も前の話なんですねぇ…。
もちろんみなさんご存知の通り、ボン・ジョビといえば、いまやアメリカを代表するバンドと言っても良いほどのスター中のスター
しかしながら、デビュー時はさほど大きな取り上げ方はされなかったような気がしてました。
あー、最初のうち誤解の無いようにお話しておきますが、私ボン・ジョビは大ファンなんですよ(笑)。
で、デビュー直後でしたか、たぶんベスト・ヒット・USAだったかなんだか忘れましたが(爆)、期待のニューカマー、ってことでボン・ジョビヘッド・ピンズ(ダービー・ミルズというちょっとシャクれた(失礼)ネーちゃんがボーカルのバンドね)の両方が取り上げられていたんですよ。
友人と「どっちがブレイクするかねぇ」、って話で盛り上がったのですが、とにかく当時、どっちのバンドも微妙に癖のある感じで甲乙付けがたかった(笑)。
特にボン・ジョビはバンド名がヘンテコでしたし(笑)、デビュー曲、「夜明けのランナウェイ」はプロモーションビデオや振り付けがもうダサくてですね(爆)、おまけにありえないほど「ベタ」なキメフレーズやギターのアーミング歌謡曲さながらの曲展開ということで、満場一致で「これは無いだろう」、と(爆)。
で、現在ですよ(笑)。
人の見る目って本当に当てにならないもんですよね(爆)。
あらためて誤解の無いように話しておきますが、私、ボン・ジョビは大ファンなんですよ(笑)
でもなぜか猛烈に惹き付けられるものがあったのは事実。
ハイトーン主流のアメリカン・ハードの中にあって、搾り出すようなジョンの声は異質な感じがしましたが、他の曲でも聴かれるように、ラストの部分ではしっかりと高い声も披露するなど、無駄に実力を見せない奥ゆかしさにはちょっとヤラれた感じがしましたし、アルバムには思わず唸るようないい曲が沢山収録されていて一気にファンになったものです。
まあ、その後の活躍は私なんぞがとやかく言うまでもありませんが、その痛快なライブパフォーマンスと傑作アルバムの連発で一躍トップに立った彼らも、スーパースターにありがちなソロ活動の活発化や、アルコール依存などの私生活の乱れなど、幾多の危機を克服。現在の地位を築いたと言えましょう。
ギターのリッチー・サンボラあたりをとって見ても、初期のトリッキーな早弾きはすっかり影を潜め、バンドのサウンドもむしろ少々地味か?と思わせるぐらいの落ち着きぶり(笑)。
バンドというものは成熟すると原点回帰としてブルースに向かったり、色々な方向性を示すものですが、ボン・ジョビの場合はアメリカン・ルーツ・ミュージックやカントリー・テイストを強めていった、というのは彼らの出身を考えても自然な流れでしょう。
カントリー好きの私としては願っても無い(笑)!
さて動画ですが、もう出尽くしてますよねぇ。
やはり伝ロック的には古いもの、まあ、あそこまで語ってしまったので、「夜明けのランナウェイ」で行きましょう。
初期の物で有名なのは84年の西武球場、スーパーロック84というMSGやスコーピオンズが共演したフェスに新人バンドとして出演した時の物が有名ですね。
この時の素晴らしいステージングが日本での先行した人気に一躍買ったと推測されるのですが、まあ、その映像では当たり前なので、アメリカでのTVショー出演時のものをチョイスすることといたしましょう!
もう完全に当て振りですが(爆)、演奏力については疑う余地もありませんので、比較的、目にする機会の少ないものとしてお届けいたしましょう!
それではプロモさながらのベタなアクション(爆)、とくとご覧あれ!



「Runaway」(1984)


↓もう思い出としてですね(爆)、ファーストを聞いて下さい(笑)。


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2008年7月 9日 (水)

The Stranglers

アーティストがステージから降りてきて、ブン殴られたら、あなたどーしますか(爆)!
ストラングラーズの紹介です!
以前からこの伝ロックでも話題にした事がありますが、私、学生時代はハードロック少年だった、という事もあって、いわゆるパンク、ニューウェイブ系、というジャンルは当時あまり得意ではなかったんですね。
で、今となって聞いてみるとどのバンドも結構良かったりして愕然とする毎日(笑)なんですが…。そんな中でも、ロック聞き始めの頃、ハードロックだの、パンクだのとあまり考えずに気に入って聞いていたバンドもあって、言うならばこのストラングラーズもそうでした。
77年にアルバム「夜獣の館」でデビュー。イギリスではチャートの4位を記録するなど、一気にシーンに躍り出るわけです。
その後初期の代表作となるセカンド、「ノー・モア・ヒーローズ」、「ブラックアンドホワイト」など、順調に活動を続けます…が、順調じゃないのがその言動(笑)。
暴力沙汰や他のバンドとのトラブル等など、当時のパンクのイメージを地で行く暴れん坊ぶりはまさに伝説となっているのであります。しかしながらその音楽性は明らかに普通のいわゆる「パンク」の域を超えていて、非常に高かったような印象。
思うにキーボードがフィーチャーされていたのが、かなり大きいのでは、と思います。
そう、それから彼ら、こう見えても(失礼!)高学歴な集団でありまして、しかも年齢的にもデビュー時すでにギター、ボーカルのヒューが30手前、ドラムスのジェットブラックは40手前、と、もう「パンクです。」という年代じゃあ無かったんですね(笑)。
ただ、79年来日時のエピソードとして、曲の歌詞をよく理解しないで喜んで聞いているファンにキレたり、腕組みしている客に殴りかかったり、強引な会場警備に楽器を投げ捨てて立ち向かったり、などあったと聞きます。
その音楽に向き合う姿勢や真剣さ、とでも言いますか、体制への思いは、既存のどのバンドよりもパンキッシュだったと言っても過言ではないと思います。私的に。
私自身がベーシストだった、ということもあり、当時フランス人系ベーシスト、ジャン・ジャック・バーネル がとてもカッコいいと思ってました。ハイをグッと上げたゴリゴリなサウンド、フレージングもイカしてましたし。そう、この人、空手家で三島由紀夫の信奉者でもあり、まさにサムライ(笑)。日本のバンド、リザードのプロデュースやARBとの共演もありましたね。
その他のメンバーも個性派揃いでありまして、ギター・ボーカルのヒュー・コーンウェルもそのなかなか特徴的な(爆)ギターとボーカルスタイルでした。
それから忘れちゃならないのがキーボードのデイブ・グリーンフィールド。クラシックを学んだこの人のピロピロという(笑)シンセのサウンドやオルガンはその歌詞と共にドアーズあたりと対比される要因になったのかもしれません。
バンドサウンドとしては4枚目の「レイブン」あたりから内向的なニューウィブの様相を呈していきますが、その後も様々なアプローチを展開しながらも現在も活動中であります。
さすがに90年にヒューが脱退してからはちょっと別のバンドになっちゃった感じではありますが、ドラムのジェット・ブラックに至っては御歳70歳
そこのおじーちゃん、庭いじりしてる場合じゃありませんぞ(爆)。
さて動画は極々初期、77年のライブをご紹介しましょう。曲は初期の代表曲、「ノー・モア・ヒーローズ」と「サムシング・ベター・チェンジ」をセカンドアルバムからたっぷりお届けします。
これぞまさに「ストラングラーズ」!っていう音してますな(笑)。
そうそう、当時ヒューのトレードマークだった首のチョーカー(?)ですが、ストラングラー(絞殺魔)というバンド名とあいまって、子供心に「不気味だなあ…」なんて思ってたことを思い出しました(笑)。
それではどーぞ!



「No More Heroes~Something Better Change」(1977)


↓当時の名ライブ盤「Xサーツ」。現在ボーナストラック入りでこんな感じになってます(笑)。初期の凄まじい演奏、必聴!


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2008年6月22日 (日)

Blue Angel (Cyndi Lauper)

やりたい放題(爆)!シンディ・ローパーといえば、マドンナと共に80年代のミュージックシーンを引っ張って来た押しも押されぬ大スター
現在も精力的に活動しておりますが、彼女がソロデビューして脚光を浴びる前、バンドのボーカルとしてアルバムを出していた時のことはあまり語られることが少ないように思います。
その伝説のバンド、ブルー・エンジェルをご紹介いたしましょう!
70年代の下積み時代、喉にトラブルを抱えるほど歌い続けたシンディ。78年に結成したこのバンド、ブルーエンジェルで、80年にデビューのチャンスをつかむわけです。
キーボードのジョン・テュリ(この人、サックスも吹きます)と共にシンディ自身も曲作りに関わったこのバンドのサウンドは、一言でいえば、ネオ・ロカビリーとでも呼ぶべきもの。
非常に目の付け所は良かったと思うのですが、残念ながら当時はブレイクすることなく、アルバム1枚でマネージャーとトラブル、訴訟で解散という不運でありました。
当時同時期に登場したストレイキャッツが成功した事を考えると、もうちょっと頑張っていれば違った展開もあったかも知れませんねぇ。
かの山下達郎氏も自身の番組でオンエアーした時には「良いバンドだった」とのコメントを発していたように思います。
で、プロモーション以外はなかなか映像もなく(当然と言えば当然…)、今回の動画も思いっきり当て振り(爆)ではありますが、「メイビー・ヒール・ノウ 」をお届けしましょう。
どーですか、このはちきれ振り(笑)!
肩がはだけようともお構いなし!観客と絡んでみたり、寝転がったり飛び跳ねたり、元気過ぎてちょっと危ないぐらい(爆)ですよね。
しかしながらこのどこまでも伸びていくハイトーン、圧倒的な歌唱力、もう完全にその後のシンディの原型は出来上がってますよね!
私的にはここのベーシストがトレードマークにしていた(アルバムジャケやプロモにも登場)、フライングVのベースがちょっと気になりますな(笑)。
ちなみにこの曲はソロのセカンド、「トゥルー・カラーズ」で、またバラード「アイム・ゴナ・ビー・ストロング 」はベスト盤で、後にセルフカバーされていますから、聞き覚えがある方も多いでしょう。特に
「アイム・ゴナ~」は今でもライブで大切に歌われているようですね。
それでは若き日のシンディのハツラツとしたパフォーマンス、お楽しみ下さい!



「Maybe he'll know」(1981)


↓唯一のリリース盤ですが、なかなかの名盤! 本人はこのジャケットが気に入らなかった(笑)とか。


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2008年6月12日 (木)

The Bangles

ゴーゴーズは以前取り上げました。で、バングルス2つあわせて「ゴーバンズ」(爆)!
まあその辺はさておき(笑)、伝ロックにしてはちょっぴり新しいバンドになりますが、バングルスのご紹介です。
80年代、もっとも成功した「ガールズグループ」との異名をとった彼女達のバンドとしてのデビューは84年。
結成自体は81年で、ビートルズ好きの姉妹、ヴィッキー、デビーの2人にスザンナ・ホフスが加入する形でスタート。
82年にもミニアルバムをリリースして、かなり話題にはなっていたんですね。
かのプリンスが気に入り、楽曲を提供。その「マニック・マンデー」のヒットを足がかりに、セカンドアルバム 「シルバースクリーンの妖精」から「エジプシャン」がヒット。
ゴーゴーズが持っていたガールズ・ロック・バンドの最高位、2位をしのいで、全米No.1ヒットとなったわけです。その後の活躍はご存知のとおり。
いわゆる美女揃い、と称される彼女達ではありますが、私的に感じるのは、その「フツー」感覚であります。
以前アメリカ留学経験のあった私の学生時代のバンドのギタリスト氏によれば、「LAのその辺のネエチャン(笑)がギター持って歌ってる感じ」なんだそうで、それまで「女性ロック」と言うとやたら男まさり的な感じだったり、必要以上にセクシー路線だったり、という通説を覆す「そのまま」の感じが良かったのでは、と思うのであります。
そんな所から飛び火していわゆるそれこそ「ゴーバンズ」とか「プリプリ」とか日本のガールズバンドにも大きな影響をあたえたのでは?と思いますねぇ。
さて、動画的には83年あたり、スザンナがショート・カットで、という動画もあったりするのですが、いかんせん「当て振り」でありまして(爆)、やはり、生演奏が見たい!ってことで探して見ました。
解散前あたりから再結成している現在に至るまでの演奏力は実に安定しているバングルスですが、昔はどうだったかってのは気になる所。
曲はファーストアルバム「気分はモノクローム」のオープニングナンバー、「墜ちたヒーロー」で、深夜のTVショーに出演した時の物。
どーですか!紛れも無い初期の生演奏!この後からは衣装もメイクも大分垢抜けた感じになるのですが、この辺が見ごろでしょう(爆)!
ギターのヴィッキーのチョーキングの音程は微妙(爆)ですが、初々しいながらも、実に堂々としたパフォーマンス! いいですねーご同輩(笑)!
私が一押しなのは、意外やスザンナのカッティング。いいセンスしてると思いませんか?アコギを弾いた時も実にいいビートを出すんですよ。
トレードマークはリッケンバッカーなんですが、ここではストラトを使用してます。
その後も名バラード「胸いっぱいの愛」やS&Gのカバー「冬の散歩道」などヒットを連発しますが、アルバム3枚をもって解散します。
しかしながら前述のとおり、03年には復活しています。
ポップな曲調のヒットが取りざたされていましたが、実質的には、ブリティッシュビートに根ざした音楽性や、全員が歌えるという見事なコーラスワーク、つぅ~(笑)なカバーの選曲、そしてそのフツーっぽい格好を覆すハードなステージアクショなど、実に「ロック」なんでありますな。
その辺、とくとご覧下さいませ。
それではどーぞ!



「Hero Takes a Fall」(1984)


↓ヒット満載!やっぱりベスト盤でしょうか。とにかく定番!



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2008年6月 5日 (木)

Stories

ルイルイルイルアー!ルイルアーってどういう意味かっ(爆)!
73年の全米No.1ヒット、「ブラザー・ルイ」。演奏していたのは「ストーリーズ」というバンドでありました。
元々はイギリスのソウルバンド、「ホット・チョコレート」のナンバー。
何組かの競作カバーの中で、このストーリーズのバージョンが、一番「売れた」バージョンと言っても良いでしょう。
元レフト・バンクのキーボード、マイケル・ブラウンが中心となり72年にニューヨークで結成。
特にボーカル兼ベーシストのイアン・ロイドのハスキーな歌声が特徴的で、この「ブラザー・ルイ」も見事なR&Bテイストのロック・チューンとなっております。
実はその後マイケル・ブラウンが脱退。新たにキーボディストとベーシストを加えてイアン・ロイドがボーカルに専念する形となります。
まあ昔からこの様なパターンはあったようですね。ベイビーズのジョン・ウエイト、フリーのアンディー・フレイザー、キャロルの矢沢永吉、あっ、これはちょっと違うか(爆)。
で、ここで加入したベーシストがケニー・アーロンソンなんですな。
勘の良い方、ピーンと来ましたね(笑)!
リック・デリンジャーのバンド、「デリンジャー」や、ビリー・スクワイアのバンドにも在籍。ここ、伝ロックでも人気の記事になりました、H.S.A.S(ヘイガー、ショーン、アーロンソン、シュリーブ)にも参加していた人なんです。ここから出てきたんですねぇ…。うーんマニアック(爆)。
ともあれ動画ですが、73年ながらも、もうイアンがボーカルに専念している時のもの。
ということは、その背格好からして(爆)、恐らくベースはケニーでしょう。でもなぜかほとんど写らないんですけど…。皆さん、どう思われますか?!
味のあるイアンの声、そしてギターのスティーブ・ラブ。いいギター、弾いてます
最近はすっかり耳にする機会の少なくなった感じで残念なこの曲、余談ではありますが、かの「ボン・ジョビ」92年のMTVのプログラム(アンプラグド調のカバー中心のスタジオライブ)でカバーしたのには思わず唸りましたねぇ。
当時のボン・ジョビの音楽性にも「ハマリ」でしたし、脈々と受け継がれる東海岸ロックの系譜を見た思いでありました。
そう、メンバーこそ変わりましたが、現在もイアン・ロイドズ・ストーリーズとして、活動している様子。ボーカルもまだまだイケてましたよ!
それでは(今は?!)隠れた名曲、どーぞ!



「Brother Louie」(1973)


↓この曲が収録されていたのはセカンド・アルバム「アバウト・アス」。手に入れるのは何気に大変そうですね…。


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2008年6月 1日 (日)

Alcatrazz

どこからどー見ても横山のやっさんだぁ(爆)!すみません、ちょっと新しめ(?)ですが、アルカトラス、押さえておきましょう!
ボーカリスト、グラハム・ボネットが「マーブルズ}(当伝ロックにて紹介済み)、「レインボウ」でブレイク、ソロ、「MSG」への参加を経て、83年に自身のバンドとして結成したのが、「アルカトラス」であります。
ヘビーメタルのスタイルとはかけ離れたそのファッションと言動で話題だったグラハムですが、なんだかんだ言ってやっぱりこの路線なんですね(爆)。
で、このアルカトラス、一番の功績は2人のスーパー・ギタリストを輩出した点であります。後にその超絶速弾きで一世を風靡するイングウェイ・マルムスティーン超絶変態(失礼)ギタリストのスティーブ・ヴァイ
特にバンド結成時に参加したイングウェイは当時かなりの衝撃でありました。
今でこそ当たり前になった弦を撫でるようにハイスピードピッキングをする「スイープ・ピッキング」による速弾きですが、初めて聞いた時は、「テープの早回しなんじゃねーの?!」とか思ったもんです(笑)。とにかく今まで耳にしたことがないフレーズだったんですね。
当初スウェーデンからバンド「スティーラー」に参加した時点でも一部でもの凄い奴がいる!と話題になってはいたものの、今聞くと、イングェイのソロだけがとって付けたようで、やたら浮いていた印象でした。
それゆえ主に曲作りから関わったアルカトラスでのパフォーマンスはその音楽性、クラシカルなフレーズ、ハードとキャッチーの巧みなバランスにツボを押さえたソロで非常に良くその持ち味が発揮されたと言って良いでしょう。
グラハムとの確執から1年で脱退、自身のバンドに行ってからはその若さと自信から「ソロを弾きすぎる」「態度が傲慢」「太る」あっこれは違うか(爆)と若干評価を下げてしまった感もありますが…。
その後アルカトラスはオーディションの末、スティーブ・ヴァイを迎えるわけですが、グラハムのバンドとはいえ、もとより曲作りは他のメンバーが中心だった事もあり、その音楽性もスティーブ・ヴァイの色に変わって行くのですが、まあ、今回はイングウェイバージョン、ということで。
動画は83年、デビュー・イヤーにアメリカの深夜テレビ、「ロック・パレス」出演時の物から、イントロのギターが印象的な名曲、「ヒロシマ・モナムール」をお届けしましょう!
イングウェイ参加時の物としては、オフィシャルで日本公演のビデオが発売されておりましたが、現在は廃盤。そっちのバージョンと比べてはどうでしょうか…(笑)。
そういえばどう見てもリッチー・ブラックモア度満々な(笑)イングウェイですが、そのプライドからか、当時インタビューでは「そうでもない」的な発言をしていたのが笑えましたな(爆)。
ライブになると思いっきり歌唱力が辛くなる(失礼!)グラハムとは対照的に、若干20才そこそこの元気はつらつ(笑)のイングウェイ、お楽しみ下さい!



「Hiroshima Mon Amour」(1983)


↓グラハムのソロ曲やレインボウのカバーも入っているライブもお勧めですが、ここはやはり名盤として良いでしょう、デビュー・アルバムを推薦!色あせていませんよ!



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2008年5月25日 (日)

The Tubes

「ホワイトパンクス音頭」って、全然「音頭」じゃないじゃん(爆)!チューブスをご紹介いたします。
現在ネットで見ていても、「チューブス」と言えば「夏でお馴染みのチューブじゃないですよっ!」ってな書き出しが99.9%という…(笑)。まあそのぐらい現在は認知度が下がってしまったって事なんですが。
アメリカはベイ・エリア、サンフランシスコに登場したチューブスは75年のデビュー。特にその強烈なステージは当時大きな話題となりました。
楽曲によって超ロングブーツのキンキラロックスター、浮浪者、レオタードチアガールやSMチックな女性ダンサーを従えたり、被り物だのなんでもあり、ロッキー・ホラーショーよろしくのミュージカル仕立。なんか爆薬を使って騒ぎになった事もありませんでしたか?
で、もうほとんどキワモノ的扱いを受けることも多かった彼らですが、音楽的にはポップ・プログレ・ロックンロール等をシンセで味付けしたような(?)なんでもあり。
ただ、現在までベイエリアを中心に様々なアーティストのサポートに関わっているだけあり、その演奏テクニックは確かな物。
私的には心の師と仰ぎます(笑)奇才、トッド・ラングレンのプロデュース絡みで知ったのが最初ですね。79年のトッド・プロデュースの5作目、「リモート・コントロール」はTVをモチーフとした名盤で、トッド・ファンにはたまらない、見事なオーバー・プロデュース作品(笑)。
まあトッドの場合はいつもそうですが(爆)。
しかしながらバンドが持つそのコスミック感覚といい、実にはまりだったと言えましょう。
で、これもよく言われているのが、このチューブス、プロデューサーによってガラッと音楽性が変わってしまうという点。
特にこれだけキワモノ的露出をしておきながら、次作では80年代のヒット請負人、デヴィット・フォスターをプロデューサーに据えると、ネクタイ・スーツのジャケット写真よろしく、コンサバ路線で見事にTOP40に食い込むヒットを飛ばしたのですから、あなどれません。
結局その後もまたユートピアのメンバー参加によるトッドのオーバープロデュース(爆)で名盤を生み出したりしておりましたが。
さてさて、その超絶と噂されたステージング、当時はライブビデオの発売もあったものの、ほとんど動く姿を目にするのは不可能でした。しかし一度は見てみたい!と思うのが人情(笑)。
そこで今回は一番有名なこの金髪ロッカースタイルでお馴染みの「ホワイトパンクス音頭」をお送りいたしましょう!
しかし、この邦題(笑)。
原題はOn Dopes(オン・ドープス)なんですけど、これを「音頭」としてしまった日本のレコード会社スタッフは凄いですね(笑)。
まあ最近でもトム・ジョーンズの「恋はメキメキ」なんてのもありましたから、脈々と今に受け継がれているといえますか(爆)。
で、このぶっ飛びのパフォーマンス、いかがですか?
ただでも足の長いボーカルのフィー・ウェイビルですが、それにこのロングブーツですからね…。
バンドは86年に一時解散するも再結成。現在もこの曲を演奏する時は同じ扮装をしてるようですよ…(笑)。
体型の変化からか、さすがに化粧やTバック尻だし(笑)はしてないようですが…(爆)。
それではお楽しみ下さい(笑)。



「White Punks On Dope」(1975)


↓アルバム的にはやはりトッド・ラングレン プロデュースのこちらをチョイス。クオリティー高いですよ! でもさらっとデビット・フォスター・プロデュース盤も良かったりします(爆)。


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2008年5月21日 (水)

Chuck Berry

ゴー・ジョニ・ゴーッ! レジェンド・オブ・ロックン・ロール、チャック・ベリーの登場です!
55年、「メイ・ベリーン」でデビューしたチャック・ベリーはエレキ・ギターをかき鳴らしながら歌う、というロックンロールの元祖言っても良いでしょう(ピアノだったらリトル・リチャードね)。
黒人のブルースやR&Bが白人ミュージシャンらに洗練されて変化していった、とされるロックン・ロールの中で、黒人でありながらストレートなエイト・ビートを主体とした彼の楽曲が後のミュージシャンに与えた影響は実に大きいと言えましょう。
「ロックン・ロール・ミュージック」「ロール・オーバー・ベートーベン」「スイート・リトル・シックスティーン」「キャロル」等など、彼の生み出した数々のロック・スタンダードが無ければ、ビートルズもストーンズも何もなかったはず。
一聴して彼のものとわかる、特徴的なギターリフとイントロのソロのフレーズ
腰を落としてステージを横切る「ダック・ウォーク」と呼ばれるアクション
もう見ていただければ「あーっ!これか!」と納得していただけるはず。
そう、この人が元祖なんですよ!
画質は最悪ですが、やはり有名なこちらの動画を取り上げさせていただきましょう!
曲は彼の代表曲と言って良いでしょう、「ジョニー・B・グッド」。
今でこそどうかわかりませんが、我々世代にとってこの曲は正にロックン・ロールの教科書と言っても良い曲。
この曲を1曲マスターすることで、かなりつぶしがが効いた(?)もんです。ブルース同様スリー・コードで延々セッションすることが出来たんですね(笑)。
ただ私が初めて自分のバンドで取り上げたバージョンは「誰がカバやねんロックン・ロール・ショー」(笑)のバージョンだったことは白状せねばなりません(爆)。
さらに原曲の歌詞は非常に早口でありまして、耳コピーの歌詞の書き出しで、「クッザモンザ・ウッアッモンザ・エバーグリー」(笑)とか言った日には何の事やら(爆)でしたね。
今回のこの動画は彼の本当に若い時の物で、実にカッコいい(笑)。ダンサーの方々と一緒にダック・ウォークを決める姿なんざぁ、最高ですね!
大股開きのアクションでも上半身のブレない安定感をご覧下さい(笑)。
一方、人間としてのチャック・ベリー自体は紆余曲折でありまして、R&Bのゴッド・ファーザー、ジェイムス・ブラウン同様、服役の経験もあり。
昔、日本に来た時は、たった一人で来日。「俺の曲なら誰でも知っているはずさ!」とバックミュージシャンはすべてこっちで調達したという…。その生き方がロックンロール(笑)。
そして80才を過ぎてなお現役!
それでは若き日のチャック・ベリー。とくとご覧あれい!



「Johnny B. Goode」(1958)



↓すべてがスタンダード!ロックンロールの生き字引(笑)!ぜひ聞いておきましょう。



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2008年5月 6日 (火)

Supertramp

すんげぇ放浪者(笑)!バンド名の意味であります。
それはおいて置いて、79年、「ブレックファースト・イン・アメリカ」のヒットで知られる、スーパートランプは70年デビューのイギリスのバンドであります。
その印象からヘタをすると「すわ一発屋か?」などと失礼なとらわれ方をされたりしますが、それまではそのドラマチックな楽曲からいわゆるプログレッシブロックバンドとしてのカテゴリーに入っていた実力派。
とはいうものの、音楽的にはさほど小難しくなく(爆)、リック・ディヴィスのシンプルで渋い楽曲と、ロジャー・ホジソンのポップでハイトーンの効いたソフトな楽曲が実に絶妙なバランスを生んでいたのであります。
大ヒットは79年ですが、バンドとしては74年の3枚目、「クライム・オブ・ザ・センチュリー」で成功をおさめており、まさに機が熟してのヒットだったと言えるかもしれません。特に当時来日し、演奏されたタイトル曲はステージにの後にジャケットをイメージした鉄格子と腕、宇宙をモチーフとしたショート・フィルムが上映され、いまでこそ当たり前の映像とサウンドのシンクロをいち早く取り入れていて皆の度肝を抜いたようであります。
で、私的にもぜひこの楽曲を、と思ったのですが、残念ながら、83年、ホジソン脱退後の映像しか存在しないようです。ご存知のようにリック・デイヴィスと共に、バンドのサウンドを形作っていた(と言いますか、ヒット曲を生み出していたのはむしろ彼)、ロジャー・ホジソンが82年に脱退してしまい、その後バンド自体は急激に衰退してしまう、という経緯があり、やはり2人揃っている時代の映像が良いだろう、ということで、74年「クライム・オブ・ザ・センチュリー」収録の「ドリーマー」をチョイスさせていただきました。
「ブレック・フアースト~」も残念ながらプロモしか発見出来ず…なので。
どうでしょう、やはりリックとホジソン、2人揃ってのバランスがこのバンドのサウンドのキモだったんですねぇ。そう、「ブレック・ファースト・イン・アメリカ」はジェームス・ブラント(ユア・ビューティフルでヒットの人ね)がライブでカバーしているようですね。うーん、なかなかの選曲眼(笑)。
それでは素晴らしい演奏とボーカルハーモニーの妙をお楽しみ下さい!
どーぞ!



「Dreamer」(1974)


↓「ブレック・フアースト~」ももちろんいいアルバムですが、私としては動画曲収録の74年の出世作のこちらをおすすめ。タイトル曲は感動ものです!




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2008年5月 3日 (土)

Pilot

当て振りですっ(爆)!
あっすみません(笑)。パイロットです!デヴィッド・パットンです!
当伝ロックでは、極力生演奏の動画をお届けするのがモットーなのですが、さすがに70年代アイドル系と言われたこの辺のバンドは難しい…(爆)。もう開き直ってます(笑)。
パイロットは74年にデビュー。
ボーカル・ベースのデヴィッド・パットンとキーボードのビリー・ライオールはスコットランド時代、かのベイ・シティー・ローラーズのメンバーだったとか。
ともあれ、デビュー・アルバムからのシングル、「マジック」がいきなりヒット。
さらにセカンド・シングルの「ジャニアリー」は全英No.1と一躍スターに。
そのキャッチーな楽曲とルックスで思いっきりアイドル系に分類されてしまったのは不幸と言う他にはありませんねえ…。
よく言われている事ですが、パイロット自体はパットンを中心に高い音楽性(まあ、ヒット性のキャッチーなナンバーね)の楽曲を作る事が出来、しかもライブでの演奏力も高かったとの話であります。
その辺は後にメンバーが1stのプロデューサーでもあったアラン・パーソンズのアラン・パーソンズ・プロジェクトに参加した事でも明らか。
それだけに、当時の評論家を初めとして、正当な評価がされなかったのは大変残念だと言えましょう。
さて動画です!個人的にはもうちょっと後の「ジャニアリー」辺りの髪の長いパットンが良かったのですが(なんじゃそりゃ)、名曲だ、という捉え方で出世作の「マジック」で行こうと思います。
世に出ている「マジック」の有名なプロモもあるのですが、いかんせんパットンの顔色がよくない(笑)。ってことで、オーストラリアのカウントダウン番組出演の動画をお届けしましょう。
なんとギターのイアン・ベアースンはブライアン・メイよろしくコインをピックにしているのが見てとれますね(当て振りですが)!
パットンはリッケンバッカーのベーがよく似合ってます(当て振りですが)!
いや、でも本当に私はこの辺のキャッチーなバンド、ツボなんです(笑)。
しかもホストを務めているのはご当地オーストラリアの「シャーベット」でないのっ!
このバンドも当て振りの巨匠といえますが(爆)、やっぱり楽曲は最高だったんです。
さて私、知らなかったのですが、昨今のパワー・ポップ・ブームにのってパイロットは再始動したようです。
途中で脱退したビリー・ライオールはエイズで他界してしまいましたが、デヴィッド・パットンはナイス・ミドルな感じになっておりました(シャーベットのボーカル、ダリルが思いっきりオッサンになったのとは好対照…(爆))。
そう、昨年来日もしてたんですね!もちろん、ダイナミックで円熟した演奏を聞かせてくれたようです。
あーっ誰か70年代のパイロットの生演奏、お持ちではないですかねえ…。
それでは当時の雰囲気に酔いしれて下さい!



「Magic」(1975)


↓捨て曲なし!名盤多し。



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