2009年7月12日 (日)

The Greg Kihn Band

シスコーン大好き! 
いやもとい(爆)、'83年のアルバム「シスコ大好き」(キーンスピレイシー)からのシングル「ジョパディー(危険がいっぱい)」が全米2位のヒットで有名なグレッグ・キーン・バンドのご紹介であります!!
クラビコードとファンキーなべースラインが印象的な「ジョパディー」は、MTV黎明期ともあってダンスチャートでも1位、当時のディスコでもかかりまくり。
日本でもディスコサウンドのバンドと勘違いされる向きもありましたが実はさにあらず
彼らは正統派のロックンロールバンドなんであります。
特に活動の拠点だったサンフランシスコ、ベイエリアでの人気は高かったようですね。
76年にボーカルギターのグレッグ・キーンとベースのスティーブ・ライトが中心になって結成。
デビューアルバム「グレッグ・キーン」、セカンド「グレッグ・キーン・アゲイン」、サードの「ネクスト・オブ・キーン」と順調にアルバムを出しますが今ひとつ売れず、不遇の時代を過ごします。
シスコロックと言えば古くはジェファーソン・エアプレインやブルーチアあたりのサイケロックにはじまり、ジャーニーやスティーブ・ミラー・バンドなどいわゆるウエストコースト・ロックとはまた違った土壌で有名。特に80年代はヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのブレイクが象徴的でありましたなぁ。
そんな中、彼らにも渋りがあったのかもしれません。
実際の彼らは動画をご覧になっていただければおわかりの通り、ニュー・ウェーブテイストも感じさせる実に小気味が良いストレートなロックンロールが持ち味であります。
またその辺はアルバムやライブで喜々として披露されるバディー・ホリーやヤードバーズ、キンクス、ホット・チョコレートあたりのカバーソングにも現れている、といえるでしょう。
また、スプリングスティーンから曲を贈られたりしているあたりにも、そのスタンス的なものが見えてくる気がします。
動画はあえて「ジョパディー」を外しまして(爆)、80年代初頭のカントリー・クラブでの映像から。
81年のアルバム、「ロッキーン・ロール」からの曲、「ブレイクアップ・ソング」であります。この曲がスマッシュヒットとなって、世に出て行ったわけです。
どうでしょう!この辺が彼らの本来の姿と言えるかもしれません。
でで!彼の抱えているギターがポイント!この五角形の12弦ギターはアンプで有名なVOX社のファントムXIIと呼ばれる60年代のものでありまして、なかなか興味深いですね!
いわばビザール・ギターの部類なのですけれど、中にはステレオ仕様とかいってツマミが12個も(笑)付いたものがあったりしたものです。
彼はプロモーション・ビデオやアルバム・ジャケにも使っている所を見るに、相当お気に入りだったんでしょうねぇ。
そう、折りしも当伝ロクでも「トム・ぺティー&ザ・ハートブレイカーズ」の動画でぺティーが使用していたところをご紹介したことがありましたっけ。
その後の彼らですが、83年「ジョパディー」のヒットがあり、またこの後リリースされた曲、84年「リユナイテッド」、ソロになってからの85年「ラッキー」との3曲はプロモーションビデオが続き物になっていて楽しかったですね。
どれも真面目に始まるのですが、いつも最後は竜巻やキングコングや船が沈没したりして安っぽくもドタバタになるのが笑えました(笑)。
そう、本人も出演してあのアル・ヤンコビックがパロディーをやっていたのも大物と認められた証拠といえるかも(笑)。
それからヒット以降のアルバムタイトルにダジャレ風に「キーン」という言葉を入れて造語を創るセンスも秀逸でありました。
(「ロッキーン・ロール」(ロックン・ロール)「キーンスピレイシー」(コンスピレイシー/陰謀)「シチズン・キーン」(市民ケーン)等など)
現在はDJをしたり、文章を書いたり、バンドの方には現在キーボードに息子であるライ・キーン(ライ・クーダーから命名したとか)が参加しているようです。
それでは若き日の元気一杯な映像、お楽しみ下さい!



「Break up song (They Don't Write 'Em)」(1981)


↓おすすめはあえて出世作の「シスコ大好き」(キーンスピレイシー)ではなくて、こちらの「ロッキーン・ロール」を!動画曲収録、ジャケットにもしっかりVOXのファントムギターが(笑)!


| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年6月21日 (日)

The Creation

エレキ・ギターを初めてバイオリンの弓で弾いて有名になった人ってだーれだ?
レッド・ツェッペリンのジミー・ペイジ」!「ブーッ!」(爆)
一般的なロックファンなら当然の答えでありますが、実は今回ご紹介するバンド、「ザ・クリエイション」のギタリスト、エディ・フィリップスが最初と言っていいのであります。
ええ、私も恥ずかしながら、そう思っていたのですから(爆)!
66年イギリスでデビューしたバンド、「ザ・クリエイション」。まさに知る人ぞ知る伝説のバンドと言って良いと思います。
ザ・フー、キンクス、スモール・フェイセズなどが当時のブリティッシュ・ビート、モッズ系のムーブメントの中では有名な訳でありますが、その陰でも数々の才能溢れる伝説のバンドが存在していたのであります。
特にこの「ザ・クリエイション」は楽曲のクオリティー、パフォーマンス共に抜群だったにも関わらず、なぜか評価されることが無かったある意味悲劇的なバンド
「ザ・マーク・フォー」というバンドが前身でありまして、ギターのエディー・フィリップス、ベースのボブ・ガーナーが参加する形で「ザ・クリエイション」となりました。
本国イギリスでのデビューシングル、「メイキング・タイム/ペインター・マン」はマイナー・ヒットとなるものの、その後ぱっとせずむしろドイツでの方が知名度があったようです。
この時期星の数ほどあったバンドのいくつかはむしろ本国よりも、ドイツやイタリアなど周辺国に活路を見出していたフシがありますね。
かのビートルズですらそうだったのですから!
結局ドイツでのアルバム・リリースはあったものの、メンバーの出入りもあって68年に解散となってしまいます。
まずその楽曲。前述のシングル盤をはじめ、どの曲もクオリティーが高い
モッズ・サウンドが基本ですが、ポップなメロディーガレージ的な荒っぽさサイケで実験的な要素が実にうまく融合された感じとでも言いましょうか。他の有名バンドに比べても全く引けをとりません
パフォーマンス的にはやはりギターのエディ・フィリップスにつきるでしょう!
冒頭にも書きましたが、バイオリンの弓を使ってエレキギターを弾くというのを考案した人となっています。
いわゆる「ボウイング奏法」と呼ばれるものですが、まあ直後ジミー・ペイジが「幻惑されて」でパクった(爆)という事になりますか(笑)。
世間では彼を「パクリ王」などと失礼な事を言う輩もいるようですが(笑)、私的にはある意味こういうアイディアをしっかりと自分の物として確立して市民権を得る、というのも凄い才能なんだとマジで思うわけです褒めてます(爆)。
私は実際試したことがありませんが、6本の弦が平らに張ってあるギターの場合、弓で弾く、というのは相当無理があるわけで、繊細な弾きこなしは難しいと思われます。
で、エディ・フィリップスなんですが、実に豪快にボウイング奏法を決めてます(笑)。
パフォーマンスとしては最高に盛り上がりますが、彼らの映像その他を検証してみると、かなり頻繁にやってるようです。
あまりやりすぎるのも如何なものか(爆)と思われますが、嬉しくてしょうがないのでしょう(笑)。
当然スタジオ盤でもその音が聞けますが、ちょっとサイケデリックな雰囲気を醸し出すのに一躍買っているかんじもしますね。
余談ですが、アイスランドの「シガー・ロス」というバンドのヨンシー・バーギッソンというギタリストが現在この奏法で有名なようですね。ボウイングしながらボーカルもとったりしていて、もう芸術の域に到達してましたね。
話を戻しますが、エディ・フィリップスはそれだけじゃなくて、ギターのリフなんかも最高にカッコいいのです。
ピート・タウンシェンドがザ・フーのセカンド・ギタリストとしてエディに話を持ちかけていた、なんてのも有名な話らしいですね。セカンド・ギタリスト、という所がミソですが(笑)。
さて動画ですが、こんなマニアックなバンドですから、なかなかありません…。
いきおい有名なものになってしまいますが、ご容赦を…。
ドイツの有名番組、ビート・ビート・ビートの66年9月の映像、デビュー曲の「メイキング・タイム」をお届けします。
いやーカッコいいですよね…。ケニー・ピケットのボーカルも熱いですし、エディのボウイング奏法も決まってますよ!
当時こそ陽の目を見なかったものの、イギリスのインディーズ・レーベル「クリエイション・レーベル」(プライマル・スクリームやオアシスで有名)の名前の由来になった、とか、最後の方にはロン・ウッドが加入した(シングル・1枚だけど)とか、様々な逸話を残す彼ら。
93年に再結成するも、ボーカルのケニーは97年に故人となっております。
では伝説のパフォーマンス、ぜひお楽しみ下さい!

なお今回の記事をリクエストして下さった、リバースナイローラーズ(浜松のギター・ポップバンド!)のココロ・ナイローラーさん、ありがとうございました!まだまだロックの世界は深いですね(笑)。


「Making Time」(1966)


↓本国イギリスではシングル中心。アルバムはドイツでのリリースのようです。楽曲の数からいって、ベスト盤でおさえておくのが良いようですね!


| | コメント (17) | トラックバック (1)

2009年6月14日 (日)

James Gang (Joe Walsh)

ええーおっちゃんやぁ~(笑)。
アメリカン・ハードロックバンドとして、グランド・ファンクらと、トリオ・ハード・ロックとしてはクリームらとも並べられて賞される「ジェームズ・ギャング」
当伝ロックとしては、3代目ギタリスト、後に4期ディープ・パープルに参加したトミー・ボーリン時代の映像を取り上げ済みでした。
まあ、本来ジェームズ・ギャングと言いますと、一番有名なのが、その後イーグルスに参加して名盤「ホテル・カリフォルニア」によって一時代を築いたギタリスト、ジョー・ウォルシュが参加していた時代。すっかり遅くなっちゃいましたが、ようやく取り上げさせていただきましょう。
曲はジェームズ・ギャング、というよりも、その後のソロや、イーグルスのライブでも演奏されている名曲「ウォーク・アウェイ」をお届けいたします。
カテゴリーも「伝ロック名曲館」ということでひとつ(笑)!
ジョー・ウォルシュも思わずソロを先に取り上げちゃいましたが、往年のハード・ロック・ファンにはやはりジェームズ・ギャング時代の映像も押さえておきたいところです。
69年にアルバム「ヤー・アルバム」でデビューしたジェームズ・ギャングは当初ギター・ボーカルのジョー・ウォルシュ、ベースのデイル・ピーターズ、ドラムのジム・フォックスのトリオでした。
今となって思えばアメリカン・ハードロックバンドとは言うものの、カントリーやルーツロック等を巧みに取り入れたその音楽性ジャンル分けの大好きなここ日本ではなかなか立場は難しかった感がありますなぁ。
同じく代表曲、「ファンク#49」が収められた70年のセカンド・アルバム「ライズ・アゲイン」、そして「サード」
同71年の「ライブ・コンサート」を最後にソロに転向するまでのアルバムは全て名盤と言ってよいでしょう!
特にジョー・ウォルシュのその後のイーグルスへの参加について、意外だった、とかいう意見は多かったのですが、その後の彼の音楽とキャリアを聞いていけばあながち外れではなかったとも言えます。
この辺はジョー・ウォルシュのソロの項目でも書きましたので、そちらををご覧くださいませ(爆)。
さて動画!どーですか!このイントロ、そしてギター・サウンド
鼻にかかったジョーの声!そしてこのダイナミズム溢れるこのパフォーマンス
ジム・フォックスのロイド眼鏡
関係ないか(笑)。
よく聞いて見ればその演奏の中にもジョー・ウォルシュの多彩さ、間口の広さを垣間見ることが出来ます。
72年、バンドにはボーカルのロイ・ケナー、ゲス・フーに行ったギターのドミニク・トロイアーノが参加。微妙に音楽性を変化させますが、73年には伝ロックでも映像紹介済みのトミー・ボーリンが参加してのハードロック大会となります。
その後75年ギター・ボーカルのバッバ・キース、76年キーボードのボブ・ウエッブオリジナル・メンバーの2人のリズム・セクションを除いたフロントマンが移り変わりますが、すっかり勢いが削がれていった感は否めません。
しかしこれだけフロントが変わると同じバンドとして考えるのも難しくなっちゃいますね…。
ちなみに96年からは、ジョー・ウォルシュが参加してデビュー時オリジナル・メンバーでの再結成が行われまして、現在も節目での活動が行われているようです。
近年すっかり「ええーおっちゃん」化しているジョー・ウォルシュですが、若々しい時代の代表曲、お楽しみ下さい!




「Walk Away」(1971)


↓スタジオ盤では71年の3枚め、「サード」に収められておりましたが、私的にはウォルシュ時代の集大成とも言える同71年のライブアルバムをお勧め!ハードな曲はよりハードに!必聴!


| | コメント (5) | トラックバック (1)

2009年5月31日 (日)

Curved Air

あぁ、美しや、ソーニャ・クリスティーナ…(爆)。
久々のプログレッシブ・ロック編、カーヴド・エアをご紹介します。
70年、イギリスでそれまで活動して実験音楽バンド「シシファス」にミュージカル「ヘアー」のオリジナルキャストだった女性歌手だったソーニャ・クリスティーナが加入。
当初のメンバー、ギター・キーボードのフランシス・モンクマンやヴァイオリン、キーボードのダリル・ウェイ王立音大の学生だったというクラシック畑出身という点、女性ヴォーカルにヴァイオリンの超絶テクが絡むという、当時のむさ苦しいプログレ界(失礼!)にあって、まさに異色と言いますか、独特な存在でありました。
デビュー作「エア・コンディショニング」は全米で8位、続く71年の「セカンド・アルバム」からはシングル・ヒット、「バック・ストリート・ラヴ」 が生まれるなど順調な滑り出しでしたが、傑作サードアルバム「ファンタスマゴリア-ある幻想的な風景-」発表後メンバーの脱退が相次ぎます。
しかしながら、その後当時若干17才だった「天才」エディ・ジョブソンらが加入して発表されたアルバム「エア・カット」はまさしく名盤でありました。
学生時代、プログレ・ファンの友人から聞かされたことがあるのですが、ダリル・ウェイのダイナミックな演奏とは違った本当に繊細なヴァイオリン「メタモーファシス」のドラマチックな美しさが今でも印象に残っております。
その後ロキシー・ミュージックやU.Kなどでの活躍を見れば、彼の才能は一目瞭然。
私的にはその後オリジナル・メンバーのダリル、フランシス、フロリアンが復帰しての実況盤(古っ!)「ライヴ」が印象的でしたなぁ。その後またメンバー・チェンジして発表された2枚のアルバムには後の「ポリス」で大ブレイクするドラマー、スチュワート・コープランドが参加していたのは有名な話ですが、ボーカルのソーニャ・クリスティーナとも結婚してたんですね。
うーん抜け目なし(爆)!
動画的にはエディ・ジョブソン時代か、スチュワート・コープランド参加時代が面白そうだったのですが、当然存在せず(笑)。
72年のベルギーでのTV出演時の映像をチョイスさせていただきました。
やはり適度にヴァイオリンがフューチャーされた曲を、ということで、ちょっとマイナーながら70年のファーストアルバム「エア・コンディショニング」より「プロポジション」をお届けします。猛禽類の映像のインサートは微妙な所ですが(笑)、どーですか!この演奏。
で、特筆すべきはギターのフランシス・モンクマンが使用している透明なギター
アンプで有名なアンペグが69年から71年の2年間のみ生産したという、アクリル・ボディーのダン・アームストロング「ルーサイト」ADA6
ストーンズのキース・リチャーズやエアロスミスのジョー・ペリーらが使用していたことでも有名なこのギター、透明だというだけでなく、ピックアップがカセットで交換式という優れもの。
当然私は本物に触ったことはないのですが(笑)、日本のグレコが作ったコピーモデルの方が精度が良かったという噂の代物(爆)。
こんなにバリバリ弾いている人は初めて見ました(笑)。
ちょっとリッチーっぽい風貌ロング・エコーを多用したアグレッシブなソロは後にクイーンのブライアン・メイが「ブライトン・ロック」で使った手法に似ておりますな。
もうちょっと緻密にやったらこっちが元祖になったかも。惜しいっ(笑)!
なお「バック・ストリート・ラヴ」のプロモではベースもクリスタルのADA4を使用するなど、なかなか効果的に使ってますなぁ。
それにしても美しや、ソーニャ・クリスティーナ。
美しかった…はず(爆)。
なんか一瞬オジーみたいに見えた(爆)。いや失礼(爆)。
その後バンドは90年に再結成、さらに08年にはまさかのスタジオアルバム「リボーン」発売!
ソーニャは若干横に広がったものの(爆)、当時の印象どおりの元気なところを見せております。
それでは緊張感あふれる演奏、お楽しみ下さい!




「Propositions」(1972)


↓名盤「エア・カット」とも思いましたが、私的に大好きだった「ライヴ」をお勧め!繊細さにアグレッシブさが加わった好盤。ぜひ!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月 5日 (火)

April Wine

近頃めっきりギターソロが少なくなったとお嘆きのご諸兄の皆様、お届けいたしましょう…って以前にもこんな書き出しがありましたが(笑)、今回はカナディアン・ロックの大御所、エイプリル・ワインをお届けいたしましょう!
69年にモントリオールで結成、72年にデビューしたバンド、エイプリル・ワイン。
デヴィッド&リッチーらのヘンマン兄弟にボーカル&ギターであるマイルス・グッドウィンを加えたラインナップでスタートしたバンドは、73年セカンドアルバムからの「レディになれたのに」(ホット・チョコレートのカバーね)のヒットを足がかりにアメリカでも認知されるようになります。
その後バンドは加入したギタリスト、ゲイリー・モフェットに加え、77年にはもう1人のギタリスト、ブライアン・グリーンウェイの加入によってトリプル・リードギターの体制が完成。
ぐっとハードロックサウンドの傾向を強めていきます。
何と言っても代表作は81年のアルバム「野獣」
このアルバムからは「ユー&ミー」のヒットによって、日本でも話題にのぼることが多くなりました。
基本はメロディアスなハードロック、コーラスもバッチリ、バラードもいける、とあって産業ロックよりのアプローチも感じせせる時代もありましたなぁ。
私的にはライオットなどのライト・ヘビメタなどに近い印象を持ってましたねぇ。
シンプルであってハード過ぎず、軽すぎず、と非常にバランスの良いバンドだったと言えましょう。
しかしまあ、カナダのバンドってどうしてこんなにカッコいいんでしょう(笑)。
ラッシュ、マホガニー・ラッシュ、ゲス・フー、トライアンフ…。日本人にグッとこさせる何かがありますね!
何と言っても中心人物のマイルス・グッドウィン。
ボーカルはもとより時にキーボードを弾き語る
両サイドに2人のギタリストを配しながらも、結局は自分が一番ソロを弾きたがる(笑)、と言ったあたりも良いですね(笑)。
私がチョイスした動画は78年のアルバム、「ファースト・グランス」から「ローラー」であります。
ノリノリのブギーナンバーに緻密なトリプルリードギターが絡むこの曲、大好きなんですよ!
80年のライブ映像よりお届けします。ちなみにこの時はモリー・ハチェットと一緒だったらしいですよ!トリプルギター大会(爆)。
トリプル・ギターと言えば、彼ら、キング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」(!)をバリバリカバーしたりしてるんですよ。これも機会があればお届けしたいところです。
さてバンドは86年に一時活動を休止するも92年に復活!現役バリバリです。
あと何年かで結成40年、ドラマーのジェリー・マーサーなんて御歳70才(!)ですよ!
本当にすごい。
それでは脂の乗り切った時期の演奏、お楽しみ下さい!



「Roller」(1980)


↓動画曲収録ではありませんが、アルバムとしては「野獣」のチョイスが王道かと。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月12日 (日)

Vandenberg

金曜日はキンキラキン!っと(爆)。
だいぶ渋いところが続きましたので、久しぶりに新しめの所、行って見ましょう!ヴァンデンバーグです。
ヴァンデンバーグは82年デビューのオランダのバンド。82年と言えばもう当伝ロック的には昨日みたいな話ですが(爆)、非常に印象かったバンドですのでご紹介いたします!
オランダというちょっとロック大国とは違う土壌から登場した彼らですが、米アトランティックレーベルの目にとまり、デビューアルバム「ネザーランドの神話」を発表。
ジミーペイジ所有のスタジオで新人としては異例のセルフ・プロデュースで制作されたこのアルバム、特にバラード・ナンバー「バーニング・ハート」は出色の名曲でありました。
ヴァンデンバーグの中心人物はバンド名にもその名を冠している、ギタリストのエイドリアン・ヴァンデンバーグ
良く練り上げられたたリフ、クラシカルでメロディアス、よく歌うギターソロ。そしてコンポーザーとしての才能。おまけにアルバムのアートワークまでこなす多彩ぶり。
ハイトーンなだけではない、渋さも出せるボーカリスト、バート・ヒーリンクの存在も大きかったですね。
特にこのメロディアスな泣きのハード・ロックに我々日本人は目が無いもんですから(笑)日本でも大変人気がありましたな。
続くセカンドの「誘惑の炎」は市場を意識したか、グッとポップでキャッチーな路線へ。さらにその反省からかサードアルバム「アリバイ」はオランダ人プロデューサーを迎えて制作。
落ち着いた好盤だったにも関わらずセールスが振るわず、ボーカルのバート・ヒーリンクが脱退。その後ご存知の通りヴァンデンバーグはホワイトスネイクに参加したため、バンドは解散となってしまいます。
ちょっと触れますと、この80年代以降のホワイトスネイクはジョン・サイクスのあとにこのヴァンデンバーグ、ディオのヴィヴィアン・キャンベルらを擁したオール・スターバンドでありまして、そんな中順調にスタートしたホワイトスネイクでのキャリアも腕の麻痺という症状に悩まされ、思うように活動出来なかったのは不運と言わざるおえません。
途中ホワイトスネイクのリズム隊と組んだ「マニック・エデン」としての活動を挟みながらも、デヴィッド・カヴァーディルからの信頼は厚かったようで、なんだかんだで90年代後半まで活動を共にしていたようですね。
その後自身が得意とする絵の才能を生かして、画家になったという話もありましたが、やはりこれだけの人、また魅力的なギターを聞かせてほしいものです。
さて!動画ですが、当時唯一のオフィシャルだった、84年の来日公演の映像が有名ですが、ここはひとつ、彼らのの地元、オランダはテクセル・ビーチでのステージからお届けいたしましょう!
アコギをスタンドに乗せて弾く名曲、「バーニング・ハート」もいいのですが、私が個人的に好きな曲、セカンドアルバムの1曲目に収められていた「フライデー・ナイト」をチョイスいたしました!
このキャッチーさには賛否両論あるかも知れませんが、「青春の一曲」(笑)ってことで(意味不明)。
バートのオランダ語でのMCも新鮮ですね(笑)。そう言えば当時、「だってヴァンデンバーグ以外は英語が話せないんだぜ!信じられる?」とか失礼なこと言ってた奴がいたっけ(爆)。真偽のほどはわかりません。
そう、現在04年に一度再結成した映像を見る事ができますが、なかなか渋い演奏でした。
やはり年齢のせいでしょう、キーを下げていたのですが、それが逆に落ち着いた印象でした。
普通は歳でキー下げってのはイマイチなんですけどね。
さあ、それでは80年代バリバリファッション、もろ肩出し出し(爆)の元気一杯のステージ、お楽しみ下さい!



「Friday Night」(1983)


↓動画曲収録のセカンド。キャッチー過ぎるかもしれませんが、よく聞いたアルバムであります。紙ジャケでいかがでしょう。


| | コメント (8) | トラックバック (0)

2009年3月18日 (水)

The Zombies

お前の~すべーて~ のシャウトでヒットした日本のGS、カーナビーツ(アイ高野 在籍)の67年のデビューヒット曲、「好きさ、好きさ、好きさ」の原曲「アイ・ラブ・ユー」を演奏していたのが今回ご紹介の「ゾンビーズ」であります。
このゾンビーズ、実質的には3年少々の活動期間、アルバムも本当のオリジナルアルバムと呼べるものは2枚しかでていないにも関わらず、後世に名を残しているのはその名曲の数々
一番の有名曲とされる「ふたりのシーズン」にいたっては、解散後に発掘されてヒットする、などなど、まさに伝説的バンドと言えるのです。
中心人物はキーボディストのロッド・アージェント。バンドコンテストで優勝しデッカレコードと契約。64年デビューシングルの「シーズ・ノット・ゼア」がヒットして一躍人気バンドになります。
彼らに注目したのはイギリスよりもむしろアメリカでありまして、続く「テル・ハー・ノウ」もヒット。意気揚々とアメリカに乗り込むも、あきられたか次第に売れなくなってしまいます
ようやくリリースされたファーストアルバム、65年の「ビギン・ヒア」はR&Bのカバーも入った良い作品だったにもかかわらず、今ひとつのチャートアクション。
しかし凄いのは次のアルバム、「オデッセイ&オラクル」でした。中期ビートルズやビーチ・ボーイズの「ペット・サウンズ」に触発されたと言われたこのアルバムはアビーロードスタジオで、ビートルズのエンジニアとしても有名だったジェフ・エメリックを起用。
メロトロンを大胆に導入した意欲的なポップの名盤で、ロック界に燦然と輝いています。
しかしレコーディング中からバンドはしっくりいかず、アルバムは完成したものの、すでにバンドは解散状態に。
ところが、このアルバムに衝撃を受けたアル・クーパーの力もあり、前述の「ふたりのシーズン」がヒット。まさに大逆転
再結成の要請がなされるも、本人達が応ぜず、しまいにはバンド名よろしく(爆)、偽者のゾンビーズが現れてツアーやTV出演までしてしまう始末(笑)。
凄い時代ですな。偽者が行脚する、なんざぁ水戸黄門とゾンビーズぐらいなもんですよ(爆)。
私的印象としては、サンタナのカバーの「シーズ・ノット・ゼア」にふれたのが最初でしょうか。
とにかくロッド・アージェント、ベースのクリス・ホワイトのペンになる曲は本当にクオリティーが高くて、もっともっと注目されても良かったのでは…と思うこともしばしばです。
ボーカルのコリン・ブランストーンもいい声してますし、アージェントのキーボードもジャズのエッセンスが感じられてひと味違った感じ。コーラスワークも見事であります。
解散後コリンはソロに、そしてアージェントは自身の名前を冠したバンド、「アージェント」を結成
ここに参加していたのが伝説のアーティスト、ラス・バラード、という事もありまして、当伝ロックでも以前取り上げたアージェントの記事はつねにアクセスランキング上位の常連となっております。
さて動画ですが、本来は「ふたりのシーズン」などで行きたいところなのですが、とにかくもうその時点でバンドが無いのですからあるわけが無い(笑)。
初期の映像もこの時代なのでほとんどが当て振り
そんななか生演奏とおぼしき物もあったのですが、いかんせんカバー曲中心、ということで、結局デビュー曲、「シーズ・ノット・ゼア」になりました…(爆)。
いくつかの当て振りの中でも、このバージョンが一番「らしかった」ということで、その雰囲気をお楽しみ下さい(笑)。
当時あれほど再結成を拒んだ彼らですが、2004年に再結成!晴れて「オデッセイ&オラクル」の楽曲がライブで披露されたのでした。めでたし、めでたし(爆)。
それではどーぞ!!




「She's not there」(1965)


↓オリジナルアルバム2枚。どちらも聞いていただきましょう!特にセカンドの「オデッセイ&オラクル」は名盤中の名盤です!

 

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2009年3月 9日 (月)

Eddie Money

エディマネーでございます。えっ? 電子マネー? 違います(爆)。
エディ・マネーのご紹介です。
最近電子マネーだエディだ、とか言うもんですから思わず思い出してしまいました(笑)。
77年デビューのエディ・マネーはその渋いハスキー・ヴォイスとソウルフルな歌唱力で80年代に向けて全米でスマッシュ・ヒットを連発いたしました。
日本ではファーストアルバム、「噂のエディ・マネー」のインパクトが強すぎたか、若干過去の人、的見方もされがちですが(爆)、どっこい息の長いロック・シンガーであります。
この人の話題でよく取り沙汰されるのが、ニューヨーク市警からロックシンガーへ、というその異色の経歴
父も兄も警察官らしいですから、当然の選択だったのかも知れませんが、権力の象徴みたいな警察と反体制の象徴ともいえるロックンロールとの対比が格好のセールスポイントになったのでしょう。
大御所プロデューサー、ビル・グラハムに見出されたのも大きな話題でありました。
そのキャリアのせいかデビュー時は29才と遅咲き。
でも色々調べて見ると73年ですから23才ぐらいの頃になりましょうか、「ザ・ロケッツ」というバンドに在籍していたようです。
ウィキぺディアにも載ってませんし、リリースも確認出来ませんが、音を聞く限りかなりイケてるパワーポップ&ハードロックな印象です。
ちょっと気になりました(笑)。全くの余談ですが(爆)。
さて動画です!86年のヒット、「テイク・ミー・ホーム・トゥナイト」あたり、とも思いましたが、やはり70年代のこのナンバー、「ベイビー・ホールド・オン」で行きましょう!
デビュー盤「噂のエディ・マネー」からのナンバー。
実はそのLP盤の帯、「噂のエディー・マネー」の字の横小さく「あれが」って書いてあったんですよ(笑)。「あれが噂の…」ですか(笑)。デビュー盤なのに(笑)。またしても余談でした。
さてそのジャケットが煙草片手のロビン・ザンダー風(?)だったのでイメージしづらい所もありましたが、この動画いかがですか!
いやー実に渋い。かっこいいでしょ(笑)?
バンド花盛りになっていく時代にあって、このスタイルは貴重だったと思うのですが。
さて最近のエディ、体型にも貫禄がついて若干キーも落としたり、などあるものの、声も雰囲気もそのままで、いい味が出ているようですね。
さらに彼の娘、ジェシー・マネーもブルース系の渋いボーカルでテレビなどにも登場している様子。血は争えないんですねぇ(笑)!
ニューヨーク婦警じゃなくて良かったね(爆)。
さあそれではじっくりと楽しんでいただきましょう!





「Baby Hold On」(1978)


↓これが噂のエディ・マネー(笑)。ファーストです!


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 1日 (日)

Loggins and Messina

一度行ってみたい。「プー横丁」…。プー(笑)。
で、ロギンス&メッシーナであります。
ウエスト・コーストロックの成り立ちを語る上でどうしても外せないロギンス&メッシーナは71年、ゲイター・クリークというバンドに いたケニー・ロギンスがソロ・デビューのため制作していたアルバムにプロデューサーとして関わったジム・メッシーナが意気投合して参加する形で結成されました。
このアルバム「シッティン・イン」が、当初「ケニー・ロギンス ウィズ ジム・メッシーナ」という名義になっていたのもこの辺の絡みだったようです。
私ら世代でケニー ・ロギンスと言えば、映画サントラ&産業ロック花盛りの80年代に華々しく活動していたアーティストとしての印象が強くなってしまいましたねぇ。
「フット・ルース」やトップ・ガンのテーマ、「デンジャー・ゾーン」などで お馴染みのテンションの高いヒゲおじさん(失礼!)ともっぱら思われがちですが、実際アーティストとしてだけでなく、作曲家としても、数多くのヒットを生みだしている才能豊かな人なのであります。
71年のニッティー・グリッティー・ダート・バンドの「プー横丁の家」、73年のアン・マレーの「ダニーの歌」、同じくアン・マレーの「愛の歌」などを作曲。このロギンス&メッシーナでもセルフカバー、味わい深い演奏を聞かせてくれています。
一方のジム・メッシーナ。この人もかなりの重要人物で、かの「バッファロー・スプリングフィールド」のレコーディングに参加。
メンバーだったリッチー・フューレイと伝説のカントリーロックバンド「ポコ」を結成するなど 、ウエストコースト・ロックの歴史に名を刻む人なのであります。
セカンドアルバム「ロギンス&メッシーナ」からは正式にバンド名義となるのですが、ここからロックンロールナンバー、「ママはダンスを踊らない」がヒット 。一気にその地位を不動のものとします。
ただいかんせん、私も当時はヒット曲以外はほとんど耳にする機会もな かったのも事実でありまして(爆)、いや、本当に、アルバムも田舎ではなかなか見ることも少なかったんですよ。
ここ日本での認知度もあまり高くないのが残念であります。
とにかくこのバンドの持ち味は中心2人の見事なハー モニー
ロギンスの楽曲とボーカル、メッシーナの指弾きギターとサウンドメイクと言ったところが大きな特徴と いえましょう。
ウエスト・コースト、フォーク、カントリー・ロックをベースとしながらも、そのサウンドは時に トロピカルだったりオリエンタルだったりと実に多彩
メンバーにホーンがいる、というのも彼らの楽曲に厚みを加えている要因だと思います。
73年「フル・セイル」74年「マザー・ロード」と名盤を生み出していきますが、76 年の「ネイティブ・サンズ」は音楽性は成熟するも若干2人バラバラの印象でありまして、解散となります。
ユニットながら、2人の仲は実際は悪かった、なんて言う人も当時いたりしましたが、本当はどうだったのでしょうかねぇ?まあユニットでは良くある話ですが…。
その後のロギンスはコンポーザーとしてドゥービーのヒットにからんだり、前述のようにAORからビッグ・ヒット・アーティストになったのは皆さんご存知のとおり。
一方のメッシーナもソロでの活動やポコの再結成など、持ち味を生かしたマイペースな活動を行っているようです。
ちなみに 2005年にはまさかのリユニオンも行われています。
さて動画!アコースティックな味わい深いナンバーも捨て難いですが、ロギンス&メッシーナと言えばオールディーズ風味の軽快なロックンロールも最高
伝説のロックと謳う手前(爆)やはり盛り上がるナンバーをご覧いただきましょう
73年アルバム、「フル・セイル」から、ミッドナイトスペシャルのライブで「放課後のロックンロール・パーティー」です!
メッシーナのメインボーカルに絡むロギンスのハモり、最高に気持ちいいですよ!
メッシーナのこれぞテレキャスのペケペケなソロもご機嫌
余談ですが、同じステージで並んで歌ってるのに、ロギンスのマイク・スタンドだけグラグラ揺れるのが妙におかしいです(笑)。
元気いいのね(笑)。
では、どーぞ!



「My Music」(1973)


↓細かいことがどうでも良くなる(爆)、この2人の笑顔!ベスト盤を紙ジャケでおススメです!




| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年2月15日 (日)

The Troggs

いなたすぎますっ。トロッグス!
「恋はワイルド・シング」であります。
ジミヘンや、映画メジャーリーグの挿入歌としてバンド「X」のバージョンが有名ですが、さらにはセネター・ボビー、ファンシー、アマンダ・リア(笑)まで数々のアーティストにカバーされているまさに名曲
ちょっと昔の(爆)皆様には、このトロッグスの66年のヒット(全米1位、全英2位)としてご記憶の方も多いと思います。
トロッグスはイギリスはハンプシャーの出身。ガレージ・バンド、イギリス最初のパンク・バンドという言われ方もされている彼ら、デビュー時は「トログロダイツ」(笑)という名前だったそうです。
キンクスと喧嘩別れしたプロデューサー、ラリー・ペイジの手によって再デビュー。そのナンバーがこの「恋はワイルド・シング」だった、というわけ。
トロッグス自体はマイナーな曲調ファズの効いたギターダミ声で粘っこいボーカル助平な歌詞(笑)が特徴でありますが、意外にもバンドのポテンシャルは高く、特に60年代のアルバムの曲はなかなかポップかつビートの効いたいい曲が揃っているのです。
特に67年の「ラブ・イズ・オール・アラウンド」なんてとっても素敵なバラード。
動画としてはデビュー時の縦縞スーツでもって地下鉄のホームで演奏しているプロモビデオがお馴染みなんですが、やはり生演奏バージョンを見たい、ということで、70年代の映像ながら探してみました。
どうですか!なんだか危ない雰囲気プンプンですな(爆)。
パンクと言うよりはかなりもうハード・ロックっぽい、と言いますか、興味深いですね。
そんでレコードでも聴かれる間奏のオカリナが猛烈な脱力感を演出しております(笑)。
聞けばこの影響で当時オカリナがバカ売れしたとか…。本当なんでしょうか(笑)。
そういえば、デビュー時メンバーのファーストネームがレグ・トロッグ、クリス・トロッグ、てな具合に全てトロッグ表記になってたって本当でしょうか(現在は違います)。
だとするとまんまジョーイ・ラモーン、ジョニー・ラモーンとかいうラモーンズと一緒じゃん!ていうかラモーンズが真似?
それもそのはず、ラモーンズも彼らの曲をカバーしているぐらいですから、影響を受けているのでしょう。
ちなみにこの「恋はワイルド・シング」は彼らのオリジナルではありません
アメリカのソングライターチームだった、ジャストアス(アル・ゴーゴニ&チップ・テイラー)のチップ・テイラーのペンによって65年にすでにリリースされていたという話です。
他にもホリーズやリンダ・ロンシュタットがカバーした「アイ・キャント・レット・ゴー」なんかも彼の作品のようです。
本人も最近ライブで演奏しているようで、フィドルなども入ったカントリーテイストになってましたね。
当のトロッグス、なんとバンドはボーカルのレグ・プレスリー、ギターのクリス・ブリットンを中心にまだ存続中(!)でありましてこの曲も演奏。
ジジイになっても(失礼)相変わらずの助平ぶり(爆)を発揮しているようです!
それではご覧ください!




「Wild Thing」(1966)


↓他にもいい曲がたくさんありますので、ベスト盤をおすすめです!


| | コメント (2) | トラックバック (0)

«Rare Earth