2010年9月 3日 (金)

Russ Ballard

ラス・バラード70年代のソロ映像、発見だぁあああああっ!
失礼、取り乱しました(爆)。
ラスについては今から3年以上前に当ブログにてバンド「アージェント」時代の映像を取り上げた事があるのですが、いや、よほど情報がないのか(笑)、当ブログでも紹介以来ずっと人気記事のランキングの上位を保っているという事実!
そもそもソロのライブ映像が乏しく、勢いバンド時代の映像を先行せざるおえなかった経緯があるのであります。
ラス自身は現在もマイペースな活動を続けており、2007年あたりのライブ映像も頻繁に出だしましたが、やはり当「伝ロク」としてはソロ活動初期の映像をとりあげたい、ということで機会をうかがっていたのであります。
ここであらためてラス・バラードのキャリアに触れておきましょう。
イギリス出身のラスのデビューは 「アダム・フェイス&ザ・ルーレッツ」というバンドへの63年への参加がきっかけでありました。ブリティッシュ・ビートブームにのって「ルーレッツ」単独でも活動。
66年の解散後は「ユニット4+2」へのセッションへ参加、そこでの活動が元ゾンビーズのロッド・アージェントの目に止まり、彼のバンド「アージェント」への参加となるわけです。
「アージェント」については一度やってますので多くは書きませんが、ギターも歌も、コンポーズも出来るラスはここで大いに才能を開花させた、と言って良いでしょう!
そんな彼がソロとしてのキャリアをスタートさせたのはアルバム「ラス・バラード」で74年のことであります。
76年に名曲「シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン」収録の「ウイニング」、78年にデビッド・フォスターやトトのメンバーを起用したAORな意欲作「サード・ストローク」、80年にはバック・バンド名義を冠したハード・ロックなアルバム「バーネット・ドッグス」、翌81年には「イントゥ・ザ・ファイア」とエピックに4枚のアルバムを残してRCAに移籍。
84年にまた自身の名前のみのシンプルなタイトルのアルバム「ラス・バラード」をリリースします。
何を隠そう、私が初めて聞いたラスのアルバムがこれでありました。
友人からレインボウの「シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン」や「アイ・サレンダー」を作った人のアルバムだぞ!と言って耳にしたのですが、ソロ活動を行っていたとはいえ、当時日本ではほとんど無名
このアルバムのジャケットも「じみー」な感じでしたし、全体通してもマイナー系の曲が多いこじんまりした印象…。
でも良かった!素晴らしかった!
このハードロックを基調としたサウンドに哀愁を帯びつつもキャッチーなメロディー、そして泣きのギター
もう私ら日本人のロック好きにはたまらない感じで一発で虜になったというわけです。と同時に、なぜこの人が売れないのか不思議に思ったもの事実。
その鍵は彼のソングライターとしての秀でた才能にあるように思います。
彼の楽曲は、前述のレインボウへの楽曲提供をはじめ、サンタナ「ウイニング」、スリードック・ナイト「ライアー」、アメリカ「風のマジック」、ホット・チョコレート「ユー・ウィン・アゲイン」、キッスのエース・フレーリー「ニューヨーク・グルーヴ」、ザ・フーのロジャー・ダルトリーとの活動にいたるまで、ジャンルを超えて様々なアーティストに取り上げられているのです。
一方グラサンスタイル(古っ!)で当のご本人が見せるパフォーマンスはなんとなく華やかさに欠ける、とでも言いましょうか、その辺のギャップなのかなぁ、と思ったりします。
そして動画!76年テレビ番組出演時のもので、曲は「シンス・ユーヴ・ビーン・ゴーン」ですよ!旦那!
もう思いっきり当て振り(爆)ですが、この年代のラスの姿を見れた分だけ良し、としましょう!
さて彼の楽曲の中でも一番多くのカバーが存在すると思われるこの曲、レインボウのバージョンに耳馴染みの方は「おやっ?」と思ったかも。
ハードなギターリフのイントロとブレイク、実は原曲ではピアノによる刻みからすぐ歌!なんですよ。
さらにサビの部分、(オー・オオー・オーってとこね。)スキャットになっている、という!
この「ドゥルス・ドゥッドゥ・ドゥー」と歌うところ、なかなかに可愛らしいと思いませんか(爆)?
南アフリカのオネーちゃんバンド、「クラウト」や元ランナウェイズの「シュリー&マリー・カーリー」のバージョンなんかはほぼこちらの原曲を踏襲している感じと言えます。
一方クイーンのブライアン・メイあたりはレインボウ・バージョンが基本のようですね。
たしかにヘビメタで「ドゥルス・ドゥッドゥ・ドゥー」は無いなー(笑)と思うので、よく考えられたリアレンジと思われます。
その後も寡作ながら85年「ファイアー・スティル・バーンズ」、93年「ザ・シーア」、06年「ブック・オブ・ラブ」と3枚ほどアルバムが出ており、近年ではアージェントの再結成にも参加したりと、元気な所を見せているようです。
それでは稀代の名曲の貴重な映像をどーぞ!



「Since You've Been Gone」(1976)


↓ベスト盤のチョイスが良いと思われますが、なんと!このタイミングでエピック時代の紙ジャケ再発が決定!売り切れる前に予約ですぞ!


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2008年5月 2日 (金)

Dave Edmunds

パブロックシリーズ(笑)!デイヴ・エドモンズをご紹介いたしますっ!
デイヴと言えば、私的には大好きなニック・ロウとの双頭バンド、「ロックパイル」での活動がピーンと来るわけですが、ロックパイル以前のキャリアもなかなか興味深いものがあります。
デビューは68年、「ラヴ・スカルプチャー」という若干サイケがかったブルース・ロックのギタリストで、ハチャトゥリアンの「剣の舞」をギター・インストでバリバリに弾いてヒットしたりしてました。
まあこちらはそのうち取り上げるとしまして(爆)、今回はソロの方に脚光を当てて見ましょう。
72年にソロ1作目、その名も「ロックパイル」を発表後、77年の「ゲット・イット」あたりから、実質的にベースのニック・ロウを含むバンドとしてのロックパイルの形が出来上がったと言えます。
持ち味はニック・ロウ同様、これぞパブ・ロック!とでも言うべき軽快なロックンロール。全盛期としては、ロックパイル名義での唯一のアルバムがリリースされた80年前後になるのでしょうか。数々のヒットを飛ばします。
同時期にニック・ロウもソロで「恋する二人」をヒットさせてましたから、動画も「ガールズ・トーク」あたりから…、と行くのが無難ですが、それじゃあつまらない(爆)。
ちょっと新しめになりますが、82年、7枚目のアルバム「D.E.7th」の1曲目、ブルース・スプリングスティーンが彼のために書き下ろしたナンバー(楽屋で歌い下ろした?という話もあり)「果てなき夢」をTVショーの映像からお届けいたしましょう!
この時期デイヴはロックパイルを解散させていて、ゼップのスワンレコード・レーベルからアリスタに移籍。ホーン・セクションも加えたゴージャスでご機嫌なロックン・ロールが展開されています。
ナチュラル・カラーのセミアコを低めに構えてのパフォーマンス、本当はもっと色男(?)だった若い時分の映像がいいんですけどね…(爆)。とにかくカッコよかったんですよ!!
 さて、実に多才なデイヴ。初期のアルバムは1人多重録音ですし、プロデューサーとしてもかのストレイ・キャッツを世に送り出すなど、ネオ・ロカビリーを牽引した、という功績もあります。
ギターもバリバリ弾くし。その後元ビートルズのメンバーとの共演や、ELOのジェフ・リンとの問題(?)作など勢力的に活動は続けますが、最近はちょっと名前を聞く機会は少なくなりつつあるのは残念な気がします。
大病を患った、との話ですが、現在は問題ない模様。今回の紙ジャケリリースでの再スポットに期待しましょう!
それではどーぞ!



「From Small Things (Big Things One Day Come)」(1982)



↓アルバムとしては79年のこちらをおすすめします!ニックロウの同時期アルバムと並べて、ロックパイル作品として聴いてよし(笑)。名盤!



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2008年3月 9日 (日)

Graham Parker & The Rumour

この人を忘れていませんか!そう!グラハム・パーカー
現在はグレアム・パーカー、という表記になっているようですが、グレアムでもグラハムでもどっちでもいいんだぜ!って別にすごむ所でもないか(爆)。
76年、イギリスでデビューのグラハム・パーカーは当時エルビス・コステロやジョー・ジャクソンらと共にパンク・ニューウェーブの一派的捉え方をされておりました。
伝ロックでも何度も強調してますが、この頃登場して来たアーティストは皆同じようなカテゴライズをされてしまっていたのですが、本当に多彩だったのです。
現在コステロ以外は今ひとつ鳴りをひそめてしまっている印象ですが(爆)、当時の勢いは凄まじかった!
そしてよく言われているのが、いわゆるパブ・ロックとのつながり。コステロ同様、その影響を見て取ることが出来ます。
なんと言ったって、彼のバックバンド、ルーモアにはパブロック界の祖、ブリンズレー・シュウォーツから、ギターのブリンズレー・シュウォーツ本人とキーボードのボブ・アンドリュースがバックアップしてるのですから!
まあ、この辺は日本で言うと、佐野元春のデビュー時にギタリストとして伊藤銀次氏がバックアップしてたのを思い出しますね。
松田聖子を原田真二がバックアップした、というのは…、まあちょっと違うか(爆)。
話が脱線しましたが(笑)、初期のグラハムといえばルーモアブラスというホーン・セクションを加えたゴージャスかつキレのあるロックンロールに、パーカーのエネルギッシュでハスキーなボーカルが印象的。
ニック・ロウがプロデュースした77年「スティック・トゥ・ミー」、79年の「スパーク!」と名盤を生み出して行きます。特にこの頃のライブ・パフォーマンスは非常に評価が高い、ということで、77年のBBCライブから動画をご紹介します!
曲はセカンド・アルバムのタイトル曲、「ヒート・トリートメント」。
いやあ折れそうに細いのにエネルギッシュ
額が広いのにエネルギッシュ(爆)!
いわゆる爬虫類系とか揶揄される(爆)グラハムですが、グッと引き込まれますね。
バック・バンドのルーモアが離れてからの80年代にもそこそこのヒットが出ていて、ニッキー・ホプキンスをはじめ、様々なミュージシャンのバックアップを得て活動するも、徐々にセールスが落ち、現在はほとんどインディーズ、という状態…。
ちょっと残念ですが、現在もとにかくコンスタントに活動を続ける姿は感動的ですらありますね。
それでは勢い抜群のパフォーマンスをどーぞ!



「Heat Treatment」(1977)


↓当時の熱いライブをパッケージングした78年のライブアルバム「ロックモンスター」。現在は原題の「パーカリラ」で出てるのね。アルバムジャケットが格好よろしい(笑)。よって紙ジャケ、リミテッド・エディションをお勧めだぁ!


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2008年1月 5日 (土)

David Bowie

伝ロック、記念すべき200組目のアーティストは、この方に登場していただきましょう!
デヴィット・ボウイ!
言って見ればロックスターという言葉は彼のためにあるのでは?と思う程(笑)、いわゆるスター然とした存在だったと言えます。
現在も精力的に活動を続けるボウイについて簡単に語るのは不可能ですし、私なんぞが語るのはマニアなファンの皆様には申し訳ないのですが(爆)、サラッと触れておきましょう。
64年頃にはすでに音楽活動をを初めていたボウイですが、デヴィット・ボウイとしてアルバム「スペース・オディティ」を発表したのが69年。
当時のアポロ宇宙計画ともあいまって大ヒットし、その後は架空の異星人ロックスター、ジギー・スターダストアラジン・セインを演じての作品やツアーを通して、中性的なイメージとメイク、奇抜な衣装でいわゆる「グラムロック」の中心人物となったわけです。
ジギーを自らの手で葬り去った後も、SF作品に触発されたアルバムや、カバーアルバム、ソウルへの傾倒、ブライアン・イーノと組んでのベルリン三部作。
80年の「レッツ・ダンス」でのダンサブルなポップサウンドでの大ヒット。
89年には過去の作品を捨ててティンマシーンというバンドを結成して活動するなど、音楽的には本当に変化の激しい活動を、現在まで実にコンスタントに続けている点は、本当に驚きでもあります。
そしていつの時代でも高い音楽性を持ち、カルチャーやファッション性においても、多大な影響力を持っていたのであります。
この伝ロックでも、これまでご紹介してきた数々のアーティストの経歴に彼の名前を記してきました
モット・ザ・フープル、ルー・リード、イギー・ポップ、スティーヴィー・レイ・ボーンなど、ボウイが様々な形で関与したアーティストの数も相当数に上ります。
そうそう、俳優としてもデビュー以来数々の作品に出演しております。
さて、そんなデヴィット・ボウイから動画を選ぶとなると、なかなかの難問。
もう個人的趣味でいかせていただきますよ(爆)!
彼が一番ロックスターらしかった時代といえば、やはりジギー・スターダスト時代のご紹介がいいでしょう。
私的にも、やはり当時のボウイを支えた立役者でもある、ギタリストのミック・ロンソンとそのバンド、「スパイダーズ・フロム・マーズ」の映像が見たい、ということで、チョイスさせていただきました。
本来取り上げるべき代表曲も様々ありますが、ここはミック・ロンソンのギターが大フューチャーされた曲、72年の代表作アルバム、「ジギー・スターダスト」から、「月世界の白昼夢」をお届けいたしましょう!
赤い髪にマユゲを剃り落とし、素足をペロッと出したボウイと絡むミック。
このアルバムのサウンドには間違いなくミック・ロンソンが大きく影響していたはずです。
その豪快なギターワークとブロンドにメイクした華麗なルックス、カッコよすぎですね!
それだけに、ジギーの終わりと共に、あっさりとバックバンドの「スパイダーズ・フロム・マーズ」も解散させてしまったのは必然とはいえ、残念でしたね。
93年に惜しくも他界してしまったミック・ロンソン。彼についてはまた別の機会に取り上げたいと思っております。
それでは妖しくも華麗なボウイのステージ、一部ですが、お楽しみ下さい!



「Moonage Daydream」(1973)

↓5年後に滅亡する地球に火星から来た救世主、ジギーがロックスターとなってついにはロックンロールに殉ずる、というコンセプトアルバム。ロック史に残る傑作!ロックファンなら必ず聞いておきましょう。


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2007年12月12日 (水)

The Stooges ( Iggy Pop )

パンクロック界のゴッドファーザー、イギー・ポップ
芸能界のゴッド姉ちゃん、和田アキ子
あ、今のは関係無かったですね(爆)。ファンの皆様失礼致しました。
伝説をうたう、当ブログ、彼を紹介しない訳にはいかないでしょう。
69年にバンド、ストゥージズでデビュー。
当時彼らが活動していたデトロイトという街は本当に危険な香りのする所でありました。人種差別、麻薬、犯罪、カルト教団等々。その中で若者達のはけ口としてロックは強力な影響力を持っていました。
デトロイトと言えばもータウンに代表されるソウルのメッカで有名ですが、その裏側でサイケデリックロックやフラワームーブメントなどの平和でなあなあな音楽に唾を吐く音楽が登場。その中心がイギーポップと彼のバンド、ストゥージズだった訳です。
その少し前にMC5という過激派みたいな(爆)バンドも出て来ておりましたが(笑)、(当伝ロックでもだいぶ早くに紹介ずみ) ストゥージズはその弟分とも言える存在だったようです。この辺がパンクロックの始祖と言えるでしょう。
とは言え、音楽的にはいわゆる70年代後半のパンク的な感じはサウンド面ではほとんど無く、まあ、MC5あたりもそうなのですが、歪んだ大音量ギターに破壊的なステージング、という、いってみたら「ハイ・エナジー・ロック」とも言うべき物。むしろ、思想であるとか、アプローチがパンク的、とか言った方が良いかもしれません。
ただ、ただです!この動画のイギーをご覧下さい。
上半身裸に細いズボンポッこりお尻を突き出して、半ケツちらつかせながら目ン玉ひん剥いて歌う(下品で失礼…)という、このスタイル、まさにのちのパンクの雛形ぢゃあないですかっ!
その影響がブルース・リーや江頭(爆)に影響を与えたかどうかは微妙ですが(笑)、セックス・ピストルズやそのフォロワー達の手本となったのは間違いないでしょう。
そしてそのパフォーマンスです。
ステージ上で嘔吐したり、自らの体を傷つけたり、という破滅的なステージング。この動画ではもうすでに客席への「ダイブ」も行っています
正直、この年代の映像はほとんど、この1970年、シンシナティー・ポップ・フェスティバルのものしか見ませんが、存分に当時の様子が伝わってきますね!
その後ドラッグなどで活動休止するストゥージズですが、イギー・ポップに再度脚光を浴びせたのはデビット・ボウイ(しかし、この人はホント、キーマンですね)のサポート
77年の「イデオット」で復活を遂げるわけです。その後もソロ名義やイギー&ストゥージズ名義でもアルバムを発表し、現在も伝説のカリスマとして君臨しています(笑)。
さすがに顔つきは大分年輪を感じさせるようになりましたが、黙っている時の表情は、まるで哲学者のようでもあります。
が!その鍛え抜かれた強靭な肉体美はまったく変わっておらず、腹筋もばっちり割れてますどう見ても、赤いちゃんちゃんこ(爆)の体ではない(笑)!
これでぴょンぴょン跳ねるのですから、ある意味ミック・ジャガーをも凌駕しているといっても良いかも…。
多少の画質の悪さには目をつぶって頂いて…どーぞ!

「T.V.Eye」(1970)



↓すべてはここから始まった…。デビューアルバム。プロデュースはベルベッツのジョン・ケール。この時代にこの音は凄い!のひとこと。


 

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2007年12月 9日 (日)

Meat Loaf

ロック界きっての巨漢ボーカリスト、ミート・ローフ。
なにやら美味しそうな感じの名前ですが(笑)、俳優としても活躍している彼は69年のデビュー。
77年のアルバム、「地獄のロックライダー」は現在まで、なんと全世界で3.500万枚の売り上げだそう。
それだけの伝説的ロックアーティストにもかかわらず、英米に比べてここ日本では、ほとんど一部のロックファンにしか知られていない、という事実!その事の方が驚きかも(笑)。
もちろん、ミートローフ自身の存在感も大きいはずなのですが、このモンスターアルバムを稀代の名盤たらしめたのは、ミュージカルやサントラなどで有名な作曲家、ジム・スタインマンが作曲コンポーズして、ミュージカル仕立ての一大ロック・オペラを作り上げた所にあります。
ピアノバックの静かなパートから、これでもか(笑)と盛り上がる大袈裟で仰々しい長尺の楽曲
しかしながら、キャッチーな歌メロで一気に聞かせる痛快さは、なんともいえません。
もっと言ってしまえば、ジム・スタインマンのアルバムで、ボーカルがミート・ローフ、ぐらいの感覚(爆)でしょうかねぇ。
まあ、このわざとらしさと、ミート・ローフの暑苦しさ(失礼)は、なかなか、わが国では受けないのもうなずけますが(笑)。
しかしまあ、いつからでしょうか、ストレートで大真面目なことが「かっこ悪い」とか「ダサイ」とか言われるようになったのは…。
元来日本人はこう言った路線を受け入れる土壌はあるはずなんですよ。
古くは水戸黄門や金さん、グループサウンズ、大映テレビ製作のドラマなど、なんだかんだ言いながら好きなはずですし、韓国ドラマが流行っているのも日本人が忘れかけた何かがあるからではないか、などと勘ぐっちゃいます(笑)。
そう、余談ですが、大映テレビのテーマソング、椎名恵の「今夜はANGEL」などもスタインマンだったかも。
あの大袈裟加減はピッタリですよね…(爆)。
「自分に正直たれ!日本人。」
あ、失礼(爆) えらい脱線しましたが動画です(爆)。
そのミート・ローフの出世作、「地獄のロックライダー」より、「ユー・トゥック・ザ・ワーズ・ライト・アウト・オブ・マイ・マウス」をご紹介いたしましょう。なかなか古いライブがなく、画質も最悪ですが、お許し下さい
この曲、シングルでもヒットしたナンバーですが、アメリカンロックの王道的楽曲。
ライブでは導入のセリフの部分、キーボードのジム・スタインマンと一緒に客席も「イエス!」と叫ぶのがお約束(笑)のよう。
ちなみに強力な歌唱力を誇るミート・ローフですが、昔のライブ映像を見ておりますと、案外音程が怪しい模様…(爆)。まあ、滅多な事は言えませんが…。
それから忘れてならないのが、このアルバム、「地獄のロックライダー」はスタインマンと共に、我が心の師匠(爆)トッド・ラングレンのプロデュースとなっております。
この頃のトッドは自身のバンド、ユートピアも絶好調な頃で、大袈裟路線はお手の物、と言ったところでしょうか。
随所にトッドとおぼしきアグレッシブなギターが聞けますし、ユートピアのメンバーも参加しています。恐らく彼が手がけたアルバムでは一番売れた作品でしょう!
さてミート・ローフはその後スタインマン本人とゴタゴタもあったりして、低迷しますが、16年の月日を経て「地獄のロックライダーⅡ」が、そして今年「地獄のロックライダーⅢ」がリリースされています。
第二弾以降ジム・スタインマンは主に作曲家としての参加に留まっているようですが、いづれも大ヒットしているようです。
それでは若き日のミート・ローフの暑いライブ、あ、いやもとい(笑)、熱いライブをお楽しみ下さい!



「You Took the Words Right out of my Mouth(Hot Summer Night)」(1978)



↓なんとこれだけの名盤なのに現在廃盤となっ(笑)!大丈夫なのか日本人!(爆)。必聴盤!


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2007年11月30日 (金)

Daryl Hall & John Oates

この際ロックでいーですか! ホール&オーツ(爆)!
ダリル・ホール&ジョン・オーツはビッグネーム中のビッグネーム。
「プライベート・アイズ」「キッス・オン・マイ・リスト」「マン・イーター」などなど、数々の大ヒットを持ち、80年代を代表するアーティストと言っても過言ではないでしょう。いわゆる「ブルー・アイド・ソウル」を代表するデュオ。
72年、アトランティックレーベルからデビュー時は比較的地味な(爆)?印象だった2人ですが、74年、ここ伝ロックでも私の心の師匠として何度もご登場願っている(笑)、「御大」トッド・ラングレンのプロデュースによる「ウォー・ベイビーズ」アルバムでロック・ポップ色を強め、デビット・フォスター関連でAORの技を磨き(笑)、セルフプロデュースになって81年頃から快進撃、といった所でしょうか(うーん、ずいぶんザックリした紹介だ…)。
私も彼らではじめて、「ポップ・デュオ」という形態を知りました(笑)。で、どーしてもこの世の中主役と脇役、的な見方が出てきてしまう…。
ワムのジョージ・マイケルとアンドリュー、チャ○&飛○の○鳥と○ャゲ(爆)などしかり。
そう言ってソロ作を出すも、やっぱり不思議と2人でないと出ない「味」みたいのは確実にある感じがしますね。
かく言うジョン・オーツもなかなかのソロ作をだしてますし。
最近ではヒゲを剃って登場する事もあり、誰だったかわからなくなったりもします(嘘)
でもやっぱりこの人はマリオのようにモッサリとした口ヒゲ(笑)の方がキャラが立っていいと思います(爆) 私的に。
そう、それから非常に粘りのあるフェイクを聞かせるダリルのボーカルですが、私から見るとトッド・ラングレンとうりふたつ!
調べてみると、トッドのプロデュース以来、グッとその傾向が強まった、との話。
以前私がトッドの曲を聴いていたら、「なにこれ!ホール&オーツとそっくりじゃん!」と言い放った友人がいた事を思い出しました。こっちが元祖なんだけど…(笑)。
売れるが勝ちですな(爆)。
これだけ有名な2人なので、動いている姿は珍しくありません(笑)。で、当伝ロックとしてはセオリー通り、なるべく古い映像を探してみました(笑)。
初期の名曲、「サラ・スマイル」アルバムより「サラ・スマイル」、78年のライブ映像でお届けいたします。
時期的には彼らの初めてのライブアルバム、「ライブ・タイム」とかぶりますね。
若き日のダリルは本当に格好がよろしいですな!肌つやも良さげだし(爆)。
ジョン・オーツは…!変わってないですね(爆)。
それでは貴重な映像、「サラ・スマイル」、ショートバージョンで(爆)お楽しみ下さい!



「Sarah Smile」(1978)


↓私のオールタイムフェイバリットは「ウエイト・フォー・ミー」ですが。やはり日本で一番印象深いヒットアルバム、と言うことで、81年のこちらをご紹介!これだけのアーティストなのでベスト盤も無難かも。


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2007年11月16日 (金)

Joe Cocker

両手をブラブラ、ハスキーボイスぅ!(爆) ジョー・コッカーのご紹介です。
今も昔も、イギリスからはソウルフルな白人シンガーが数多く登場しております。その中で、超のつくベテランと言えば、ヴァン・モリソンとこの人、ジョー・コッカーということになるでしょうか。
記憶に新しい所では、82年の「愛と青春の旅立ち」(ジェニファー・ウォーンズとのデュエット)や75年には「ユー・アー・ソー・ビューティフル」のヒットなどもあり、浮き沈みこそあれ、人々の記憶に残るロックボーカリストと言えましょう。
デビューは68年。出世作となったのはビートルズのカバーナンバーの「ウイズ・ア・リトル・ヘルプ・フロム・マイ・フレンズ」。このビートの効いた原曲を見事なバラードナンバーにして全英No.1に送り込んだのであります。
この人の場合、オリジナルよりもむしろカバーに真骨頂がありまして、前述のようなビートルズナンバーからボブ・ディランの曲などその絞り出すようなハスキーヴォイスで見事にコッカー・ワールドにしてしまうと言う所。
それで傑作なのが歌っている時のアクション胸をグッと突出して、両の手をブラブラさせて歌う姿は実に個性的。子供が駄々をこねているみたいで可愛い、という見方も無い事も無いですが(爆)、一度見たら忘れ無いですね。
彼のパフォーマンスで伝説となっているのが、ウッドストックでの熱演と70年に行なわれた「マッド・ドッグス&イングリッシュマン」のツアー。総勢20人とも30人とも言われた大所帯のミュージシャンをまとめていたのが、自身も後にソロアーティストとして有名になった、スワンプロックの顔役、レオン・ラッセル
バックにはデラニー&ボニーのメンバーやリタ・クーリッジもバック・コーラスで参加したりして、神懸かり的なパフォーマンスを展開していました。
こちらは映画になったりしてますので、今回はそれより、少し前、ザ・グリース・バンドがバックをしていた時のテレビショーの動画をお届けすることとします。
レオン作の「デルタ・レディ」と、ビートルズの「サムシング」。
どちらも素晴らしい演奏ですが、特に「サムシング」でバックのキーボディスト(トミー・アイヤー?)が奏でるオルガンは絶品ドローバーでブラスっぽいサウンドを演出しています。
そう、それから後ろでギターを弾いているのは後に初期のポール・マッカートニー&ウイングスを支えることになる、ヘンリー・マッカロクであります。
さて、ご存じの方も多いと思いますが、その後ジョー・コッカーは長きに渡ってアルコール中毒に悩まされます。まあ、ご覧の通り、という感じですが(爆)。
いくつか見た動画の中にはもう明らかに泥酔状態と思われる物もありました。手の振れ幅が倍になるんですよ(笑)。
ここ数年は声も衰え気味ながら、さらに渋い味をだしている様子。
それでは若き日のジョー・コッカーの姿、お楽しみ下さい!



「Delta Lady ~ Something」(1970)


↓アルバムとしてはこちらの伝説的ライブをおすすめしましょう。



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2007年10月10日 (水)

Neil Young

漢(おとこ)は黙ってニール・ヤング。(笑) 
あ、いや、別に黙る必要はないんですがね(爆)。久々、大物ロックスターの登場であります。
以前、CSN&Yとしては登場済みですが、やはりソロアーティストとしてのニール・ヤングも、本当の意味での「伝説のロックスター」と言えるかも知れません
カナダ出身のニールヤングはバッファロー・スプリングフィールドのメンバーとしてデビュー。69年にソロに転向した直後から、CSN&Y(クロスビー・スティルス、ナッシュ&ヤング)としての活動も並行して行っておりました。
ニール・ヤングの音楽をどう表現したらいいでしょうか。
強さ、もろさ、怒り、内省的な愛、失望、生真面目さ、自由奔放さ。全てを内包する懐の深さ。
声質は細くて弱々しい感じなのに、強力な説得力がある歌声。
じつに男だ。漢(おとこ)だねぇ(笑)!
また彼はニクソンやブッシュなどの納得いかない政治に対してしっかりと物言いが出来る数少ないアーティストの一人でもあります。
これぞロック、とも呼ぶべきその力強い楽曲は新旧を問わず、数々のロックアーティストにカバーされ、ロック・ソングのマスターピースとなっているのもうなずけますね。
さて、動画ですが、CSN&Yでもそうでしたが、ニール・ヤングの場合、ライブは前半がアコースティックのセット、後半がエレクトリックのセット、というパターンが多く見られます。
ここはやはり、伝ロック、ということで(笑)、ステージのハイライト・ナンバー、「ライク・ア・ハリケーン」をお届けしましょう!
個人的には「ロッキン・イン・ザ・フリーワールド」や「ヘイヘイ・マイマイ」などもお勧めなのですが、ちょっと新めかな、という観点から、初来日とほぼ同じ時期の76年、ヨーロッパ・ツアー、ハマースミス・オデオンでのライブ映像をチョイスいたしました。
盟友、クレイジー・ホースを従え徐々に盛り上がりを見せる演奏、強力ですよね。
それから、ヘタウマと称されるニール・ヤングのギター・ソロ
ビグスビー・アーム付きのオールドブラックレスポールから繰り出されるフレーズときたら、速弾きで音はポコポコするし(爆)、チョーキングは足りないし(笑)、つっかかりまくりなのですが、なぜかカッコイイ
世界一カッコイイといっても良いかも(爆)。 鮮血吹き上がるがごとき、魂のギターとでも言うのでしょうか。最高ですね。
近年、風貌こそザンギリ頭で年輪を感じさせますが、眼光の鋭さそのままに、さらに熱い活動を展開しています。
それでは男気あふれるライブ、お楽しみ下さい!



「Like a Hurricane」(1976)


↓普通ならここでライブアルバムを、といくところですが、あえて私の好きなアルバムを一枚。シンガーソングライター タッチで内省的な雰囲気ですが、これぞ名盤。一家に一枚(笑)。


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2007年9月19日 (水)

Robert Palmer

熱いリクエストにお答えして(笑)! ロバート・パーマー、行きます!
72年にバンド「ビネガー・ジョー」でデビュー。エルキー・ブルックスとのツイン・ボーカルで強力なパフォーマンスを行っていたのですが、(このビネガー・ジョー、最高にカッコイイバンドなのです!)74年にソロに転向。
ダンディーでファッショナブルな出で立ちで80年代、MTV時代を駆け抜けていきました。
特にデュラン・デュランのメンバーらと結成したバンド、パワーステーションでの大ヒット、その後の「恋におぼれて」などのソロヒットは、当時のダブ・サウンドを縦横無尽に駆使したハイパー・ロックとでも呼ぶべきもので、大いに話題となっておりました。
当時そんな言葉はありませんでしたが、今で言う「チョイ悪おやじ」のはしりだったのでは?と思っております。(03年に心臓発作で他界したのは、早すぎではありましたねぇ…)
そんな彼の動画ですが、伝ロック的にぜひ取り上げておきたかったのは、ソロデビュー直後のもの。「えーっ!そっちへ行っちゃうのー?」という声が聞こえてきそうですが(爆)、初期の3枚にみられたニュー・オリンズ・スタイルのサウンドは、まさしく知る人ぞ知る、といった名盤。
実はその第一作などでバックを固めていた、「ミーターズ」、というバンドがありまして、私、以前コピーバンドをやっていたことがあるのですよ。
このバンドが最高にご機嫌なのでありまして、ぜひ、その時期の姿を押さえておきたい、ということなのであります。
曲はサード・アルバム、「サム・ピープル」から、「マン・スマート・ウーマン・スマーター」。
どーですか!この躍動するニュー・オリンズ・サウンド!ヒット連発時代とはひと味もふた味も違うこの時期のパフォーマンス、とくとご覧あれ!





「Man Smart(Woman Smarter)」(1977)


↓1曲目がリトル・フィートの「セイリン・シューズ」ですよ!御大、ローウェル・ジョージやミーターズがバックを固めた、セカンド・ライン・ファンクの名盤!マスト!


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