2009年11月 7日 (土)

Eddie Cochran

なにをコクラン、エディ・コクラン
というわけで(爆)久しぶりのレジェンドの登場はエディ・コクランであります!
現在のロック・シーンにおいて、エディ・コクランは彼の名前そのものよりも、その楽曲のスタンダード化によって印象づけられている、と言っても過言ではありません。
「ザ・フー」や「ブルーチアー」、日本では「子供バンド」など数々のカバーで知られる「サマータイム・ブルース」、ストーンズやストレイ・キャッツのカバーが有名な「トゥエンティ・フライト・ロック」、ハンブル・パイやUFOのカバーもある「カモン・エヴリバディ」などなど、枚挙にいとまがありません。
これらの曲を耳にすれば、「おー!聞いた事ある!」という人がほとんどだと思います!
ミネソタ州の片田舎出身のエディ。
55年にハンク・コクランとコクラン・ブラザースを決定。ブラザースといいながら苗字が同じだけだったらしいので、「堂本兄弟」的な感じですね(笑)。
カントリー・ヒルビリーだったのですが、ほどなく、エルビス・プレスリーのステージに衝撃を受けてロカビリーに転向。
ハンクと袂を別ったエディは「スキニー・ジム」という曲で弱小レーベルよりソロデビュー。
さらに56年の映画、「女はそれを我慢できない」に出演して自作曲「トゥエンティ・フライト・ロック」を披露したところ、大好評。
この時期ロックスターが映画に出演してヒットにつながった例は多かったようです。
その後エディは57年にジョン・D・ルーダーミルクのペンになる曲「シッティン・イン・ザ・バルコニー」が大ヒットして当時のスターの仲間入りを果たすわけです。
さらに58年にリリースされた「サマータイム・ブルース」がビルボード8位のヒットとなり、順調な活動を続けるなか、悲劇への序章が始まります。
当初エディも参加する予定だった59年のツアーで、親交のあった、やはりロックンロールレジェンドでもあるバディー・ホリー、リッチー・バレンス、ビッグ・ボッパーらが乗った飛行機が墜落
ショックを受けたエディは一時活動を中断。
スタジオ・ワークに専念しよう、と考えていた矢先、60年にイギリスでもう一度だけツアーの話が持ち上がります。
「ビー・バップ・ア・ルーラ」のヒット曲でお馴染み、ジーン・ヴィンセントらとともに出たツアーは大好評
目撃したビートルズのメンバーやザ・フー、キンクスのメンバーにも多大な影響を与えた、と言われています。
しかし、ツアー途中でアメリカにに一時帰国しようとした4月16日、空港に向かうタクシーが街路樹に激突。
同乗のジーン・ヴィンセントとエディの婚約者でもあったソングライターのシャロン・シーリーは助かったものの、エディ・コクランは翌日帰らぬ人となってしまいました
母親に「もうすぐ帰れる」と電話した後の悲劇。
バディー・ホリーらの事故に際し、「スリー・スターズ」という追悼の曲まで録音していたエディ(発表は死後)。
わずか21才!彼も志半ばで同じ道をたどってしまった、という事になります。
なんという運命だったのでしょうか!
実質的な活動期間はたったの3年。しかし彼の革新的な楽曲と功績はしっかりと受け継がれています。
まずその楽曲。いわゆる当時のロカビリーの中にあって、印象的なギターリフを中心とした曲作り。彼自身がギタリスト兼、ソングライター、ボーカリストとしてのはしりであった事もあり、そのギターのうまさにも定評がありましたね!
特筆すべきはそのビート感ですかねぇ。この頃にあって実に直線的なエイトビートなんです。
若干のスイングチックな「ハネ」もあるのですが、当時を考えたら凄いことですよこれは。バックバンドがエレキベース使用、というのも大きいかもしれません。
現在でも健在だったらどんな風になっていたのでしょうか!!
さて動画は迷いました(笑)。
「サマータイム・ブルース」は私もかなり耳タコな(笑)コピーをやったクチなので捨てがたかったのですが、今回は「カモン・エヴリバディ」の映像をチョイス!
このビート感をお聞き下さい!とても今風(笑)ですよね!
イギリスのビート系のバンドがこぞって取り上げ、エディ自身も「ヒフティーズ・パンクロッカー」とか言われたのもうなずける気がします。
59年、ロサンゼルスのTV番組「タウンホール・パーティー」からの映像、トレードマークの55年のグレッチ6120のサウンドにも注目!
では伝説の映像をどーぞ!



「C'mon Everybody」(1959)


↓彼が亡くなった時ヒットしていた曲が「スリー・ステップス・トゥ・ヘヴン(天国への3つの階段)」。なんともいたたまれません。ヒット曲満載のベスト盤で。24ビットリマスターですよ!

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2008年11月 2日 (日)

Little Richard

3のつく数でアホになる人ぢゃあありません(爆)。
以前伝ロックで取り上げたチャック・ベリーをギターサウンドのロックンロールの祖、とするならば、このリトル・リチャードはまさしくピアノ・ロックンロールの元祖と言って良いでしょう!
55年に再デビューの形で発表されたシングル「トゥッティ・フルッティ」が大ヒット。「ワッパブ・ルバール・ワッパンドゥ」という印象的なブレイク部分、野太い声と時折ファルセットも使うホットな歌唱軽快なピアノのリフと観客をノせるパフォーマンスと共に、数々のヒットソングを生み出して行きます。
「のっぽのサリー」「ジェニ・ジェニ」「ルシール」「グッド・ゴリー・ミス・モリー」など、一聴して「あぁ!あの曲ねっ!」と思わせるスタンダードナンバーばかり。
またこれらの楽曲は当時の仲間内にカバーされたばかりではなく、その後のビートルズやストーンズなどにも初期にカバーされて、大きな影響を与えたのであります。日本でもロカビリーブーム時代には大分カバーされてました。
牧師を父に持つ厳格な家庭に生まれた彼は、早くからゲイであることを告白しており、それが元で家をでて芸の世界に入ったといいます。あ、シャレではありませんよ…(爆)。
そんな彼は人気絶頂だった57年の末頃突然引退して神学校に入学してしまいます。聴けば「地球が滅ぶ幻を見た」とか「ツアーの飛行機で九死に一生を得たから」、とか言われてますが、ロックンロールそのものまでを否定してゴスペル・シンガーに転身してしまうのであります。
ところが62年に突如またロックンロールの世界にカンバック!精力的な活動を行っていきます。(この頃のツアーにバックバンドのギタリストとして若きジミ・ヘンドリックスが参加していたのは有名な話です。)
ともあれ、またゴスペルの世界へ戻ったりなど繰り返しながら殿堂入りも果たリトル・リチャードですが、よく言われるのがその影響力のわりには今ひとつ認知されていないという部分でしょうか…。
そこで!今回我が伝ロックでは新カテゴリーとして「ルーツ・オブ・ロックンロール編」を新設!今後も初期のロックンロールに貢献した伝説のアーティストを取り上げて行きたいと思っております!
さて、動画ですが、やはりデビュー後から在籍したレーベル、スペシャルティー時代の映像が見たいですよね。まあ古いものなので画質は良いものが少ないのですが、私のチョイスは56年のロックンロール映画?の映像から「ルシール」であります。
特に彼の特徴的なピアノの演奏がよく聞き取れるテイクを選んでみました。残念ながら途中で切れてしまいますが、ピアノ足のせアクションもバッチリであります。
これね、背が高くないと転びますよ(爆)。楽器に関わる身としては「何すんだこの野郎!」的な感じもありますが(笑)、カッコいいので良しとしましょう(笑)。
では絶頂期のパフォーマンス、お楽しみ下さい!




「Lucille」(1956)


↓スペシャルティー時代のベスト盤をチョイス!世界のナベアツではありません(爆)

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2008年5月21日 (水)

Chuck Berry

ゴー・ジョニ・ゴーッ! レジェンド・オブ・ロックン・ロール、チャック・ベリーの登場です!
55年、「メイ・ベリーン」でデビューしたチャック・ベリーはエレキ・ギターをかき鳴らしながら歌う、というロックンロールの元祖言っても良いでしょう(ピアノだったらリトル・リチャードね)。
黒人のブルースやR&Bが白人ミュージシャンらに洗練されて変化していった、とされるロックン・ロールの中で、黒人でありながらストレートなエイト・ビートを主体とした彼の楽曲が後のミュージシャンに与えた影響は実に大きいと言えましょう。
「ロックン・ロール・ミュージック」「ロール・オーバー・ベートーベン」「スイート・リトル・シックスティーン」「キャロル」等など、彼の生み出した数々のロック・スタンダードが無ければ、ビートルズもストーンズも何もなかったはず。
一聴して彼のものとわかる、特徴的なギターリフとイントロのソロのフレーズ
腰を落としてステージを横切る「ダック・ウォーク」と呼ばれるアクション
もう見ていただければ「あーっ!これか!」と納得していただけるはず。
そう、この人が元祖なんですよ!
画質は最悪ですが、やはり有名なこちらの動画を取り上げさせていただきましょう!
曲は彼の代表曲と言って良いでしょう、「ジョニー・B・グッド」。
今でこそどうかわかりませんが、我々世代にとってこの曲は正にロックン・ロールの教科書と言っても良い曲。
この曲を1曲マスターすることで、かなりつぶしがが効いた(?)もんです。ブルース同様スリー・コードで延々セッションすることが出来たんですね(笑)。
ただ私が初めて自分のバンドで取り上げたバージョンは「誰がカバやねんロックン・ロール・ショー」(笑)のバージョンだったことは白状せねばなりません(爆)。
さらに原曲の歌詞は非常に早口でありまして、耳コピーの歌詞の書き出しで、「クッザモンザ・ウッアッモンザ・エバーグリー」(笑)とか言った日には何の事やら(爆)でしたね。
今回のこの動画は彼の本当に若い時の物で、実にカッコいい(笑)。ダンサーの方々と一緒にダック・ウォークを決める姿なんざぁ、最高ですね!
大股開きのアクションでも上半身のブレない安定感をご覧下さい(笑)。
一方、人間としてのチャック・ベリー自体は紆余曲折でありまして、R&Bのゴッド・ファーザー、ジェイムス・ブラウン同様、服役の経験もあり。
昔、日本に来た時は、たった一人で来日。「俺の曲なら誰でも知っているはずさ!」とバックミュージシャンはすべてこっちで調達したという…。その生き方がロックンロール(笑)。
そして80才を過ぎてなお現役!
それでは若き日のチャック・ベリー。とくとご覧あれい!



「Johnny B. Goode」(1958)



↓すべてがスタンダード!ロックンロールの生き字引(笑)!ぜひ聞いておきましょう。



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