2015年1月 4日 (日)

Mama Lion

世の中すっかり甘口が多くなった…とお嘆きの諸兄に久しぶりにパンチのあるアーティストをご紹介いたしましょう!(表現が古い(笑)。)
実に久しぶりの「麗しの女性ロッカー編」「ママ・ライオン」のご紹介です。
ママ・ライオンと言えば知る人ぞ知るセクシー・ジャケットでおなじみ。
72年のデビューアルバム、「プリザーブ・ワイルドライフ」に鮮烈なイメージをお持ちの方も多いでしょう。
恥ずかしながら実は私、最近まで認識がありませんでした…。
しばらく前から変形・特殊ジャケットに興味を持って検索しているうちにたどり着いた逸品がこれ(笑)。
檻のようにカットされた見開きジャケットを開くとバンド名さながらにリード・ボーカルのリン・ケアリー嬢が赤ちゃんライオンにお乳をあげている姿が…。なんと大胆な!
それもそのはず、リン・ケアリーは当時ペントハウス紙の表紙やグラビアにも登場していたモデル、女優でもあるのですから!
しかしあなどれないのはその歌唱なのです。ジャニスも真っ青の強烈なスクリーミングボイス&シャウトなのです!
話を戻しましょう。ママ・ライオンを語るにあたって重要人物となるのはベーシスト・ボーカリストでもあるニール・メリーウェザーの存在です。
カナダ出身のメリーウェザーが自身名義のバンドでデビューしたのが69年の事。
そして当時メリーウェザーのガールフレンドでもあったという女優でもあり「C.K.ストロング」というバンドでボーカルをしていたリン・ケアリーを迎えて結成されたサイケ風味のブルース・ロック・バンド「アイヴァー・アヴェニュー・リユニオン」のリリースが70年。
その後「メリーウェザー&ケアリー」名義でのファンク、R&B風味のアルバム「バキューム・クリーナー」の発表が71年。
すでにケアリー嬢の強烈な歌唱はかなりなものでした。
そして72年に結成されたバンド「ヘヴィー・クルーザー」
メリーウェザーに加えドラムにコフィ・ホール、ギターはリック・ギャクシオラ、キーボードにジム・ホワードというこのカナディアン・ハード・ブルースロックバンド
もう別にここで取り上げたくなるようなかっこいいサウンドなのですが、同年ここにリン・ケアリーを加えた女性ボーカル版のバンドというのがこの「ママ・ライオン」というわけです。あー長かった(笑)。
デビューアルバム、「プリザーブ・ワイルドライフ」での前述のリン・ケアリーのボーカルは凄みがあって本当に迫力満点
ハードなギターとリズムセクション、クラシック畑出身のジムの一味違うピアノとハードなオルガンプレイ
「ヘヴィー・クルーザー」含め私自身が今まで巡り会えなかったのは不覚と言っていいでしょう(笑)
その後73年にリリースされた「ギヴ・イット・エヴリシング・アイヴ・ゴット」もさらに深みをました良盤ながら、オリジナル・アルバムはここまでとなります。
その後メリーウェザーはソロアルバムの制作や数々のアーティストへのレコーディング参加。プロデューサーとしての活動(なんとリタ・フォードも含む!)へとシフトして行きます。
一方リン・ケアリーもソロでの楽曲リリースなどもあったのですが、90年代からはあろうことかジャズ・ボーカルに転身!
モスクワでビッグ・バンドとの共演など驚きのキャリアを積んでいます。
現在70歳にも届こうとする彼女ですが、年齢とともにダイナマイト・ボディはすっかりスリムに…いや当然と言えば当然ですが、晩年横に拡がるアーティストさんが多い中(笑)、驚きの風貌と歌唱力
いやはや今流行りの「美魔女」どころの騒ぎじゃありませんぜ、旦那!(爆)
では動画です!
活動期間が短いながらもあります生演奏。 ここは有名なドイツのTVショーでのパフォーマンスから「キャンディー・マン」でまいりましょう。
73年のこの時すでにメリーウェザーは脱退しており、ベースはジャドソン・ハスとなっています。
どうやらメリーウェザー在籍時の動画は残っていないようですね…残念。
しかしながらセクシーかつど迫力なリン・ケアリーの歌唱キレキレのバンドのグルーブは十分堪能していただけるはず!
それではどーぞ!



「Candy Man」(1973)



↓未発表音源にリン・ケアリーのソロ音源も加えたアルバムも2001年、2013年に発売されています。

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2010年7月21日 (水)

Nina Hagen

久しぶりの麗しの女性ロッカー編、さすがに最近ネタが尽きてきた感も否めませんが(爆)、来る所まで来まし たニナハーゲンのご紹介であります。
デビューは78年。東西統一前の東ドイツの出身のニナ、父は作家、母は 女優という、いわゆるセレブの家庭だったとか。
またニナと言えば当時一世を風靡したパンクロックのムーブメ ントの中でも女性パンクロッカーとしてもピカイチの存在感でした。「パンクの母」なんていう形容もあったほ ど。
日本でも当時のメディアにはセンセーショナルに取り上げられていたので、記憶に残っていらっしゃる皆さ んも多いでしょう。
しかし、当ブログでも度々お話ししておりますが、私個人としては、当時パンクにはあまり 馴染めなかったクチでありまして、今思い出してもニナはむしろ毛嫌いしていた方だったかも知れません(爆) 。
口端、目尻を吊り上げたドギツイメイク、人を喰ったようなパフォーマンスと言動。
とにかく異端、異質、と 言ったイメージだったので(失礼!)。
で、遅ればせながら今回改めて接したわけですが…。
いいっスね。(爆)
知ってみるもんです。ヒントをくれたココロさん、ありがとう!一年前ですが(笑)。
女優を志すも挫折した ニナはいくつかのバンドに所属した後76年に亡命してイギリスへ。
翌年西ドイツに戻って77年に結成されたのが 、彼女のデビューバンドにして78年1stアルバムタイトルとなった「ニナ・ハーゲン・バンド」というわけです 。
動画としてもやはり!一番ロックスピリットが感じられるこの時期からお届けしたい、という事で、78年のラ イブからお馴染み、「マイ・ウェイ」をお届けしましょう!
フランク・シナトラで有名なあの「マイ・ウェイ」 のパンク・バージョンとも言えるカバー(しかもドイツ語)。
どうですか!このブチ切れ具合(笑)!
あまりの アクションの激しさに、レギンスに重ね穿きした豹柄のスカートがですねー、メクれあがって腰巻みたいになっ てますがなっ(笑)!
ニナ自身も現在に至るまで常に歌い続けているこの曲。バックのメンバーの演奏もパンク というか、かなりのハードロックな好演も光りますね。
最後のギターソロをニナから邪魔されながらも弾き切る ベルンハルト・ポチュカがイケてますな。
「マイ・ウェイ」のパンク・バージョンと言えば、ご存知「セックス ・ピストルズ」のシド・ヴィシャスが歌ったバージョンが有名。
チューブスの「ホワイトパンクス音頭」やデビ ッド・ボウイの「ジギー・スターダスト」などの好カバーがあったりするニナなので、イントロやアレンジの感 じからてっきりシドのカバーと思っていたのですが…、ちょっと待って下さいよ川崎さん(古っ!)、
シドの「 マイ・ウェイ」のリリースが79年、映像としての歌唱シーンがある、映画「ザ・グレイト・ロックンロール・ス ウィンドル」での公開は80年なんですよ。
ニナ自身もスタジオ盤に収めたのは85年の5枚目のアルバム「イン・ エクスタシー」という事なので、時間軸的にはこの78年のライブが一番早い事になるんですよ!
どっちが先か… うーん、ご覧になってらっしゃるお詳しい方のご意見、お待ちしております(爆)!
さてその後のニナですが、この映像でのバックバンドとは次のアルバム、名盤「ウンバハーゲン」リリース時に は決裂(独立して「シュプリフ」という名前で活動)。
80年代中盤はエレクトリックポップな味付けのサウンド で活動、85年のフェス「ロックインリオ」では存在感のあるステージを披露してましたね。
さらにはンドへの 傾倒、最近はビッグ・バンドをバックにしてジャズを歌ったりと精力的に活動しているようです。
もともと常人 離れした猛烈な音域と歌唱力、表現力をもつ人だけに、何をやってもメン玉ひん剥き、口をひん曲げてニナ・ワ ールドを築き上げるのは見事としか言いようがありません。
ここ日本でもかの戸川純などはもろに影響をうけて いた感じですし、私個人的にはレディオ・ガガあたりにも共通した遺伝子を感じちゃったりするのですが、いか がでしょう。
なお私生活では5人目(?)の若いパートナーとお幸せなようですし、実の娘「コスマ・シヴァ・ ハーゲン」は女優さんになってます。
それではニナ若き日の強烈なステージをどうぞ!!

 


「My Way」(1978)



↓一枚選ぶとすればこれ!セカンド「ウンバハーゲン」。なんと現在国内盤なし(爆)!しかも当時のジャケッ トと違う!あのジャケット、インパクトあったんだけどなぁ。ここであえてLP盤の帯に書いてあったコピーを載 せておきます。「ギャグかファッションか、はたまた恐怖か!? ベートーヴェンを超える感性と、ディートリ ッヒを上回る美貌。巷の噂のニナ・ハーゲン、髪の毛逆立つ第二弾!今回も全編ドイツ語で迫ります。四ヶ国語 詞付き」 凄え…(笑)。


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2009年8月14日 (金)

Kim Carnes

だいぶ出尽くしてきた感のある「麗しの女性ロッカー」編ですが(爆)、どっこいまだまだございます(笑)。
81年、「ベティディビスの瞳」の大ヒットでお馴染みのキム・カーンズのご紹介であります。
「女版ロッド・スチュワート」などと呼ばれることからもわかる通り、ハスキーボイスが魅力的。
ブレイクこそ80年代ですが、キャリアは意外と古く、60年代後半。
「ニュー・クリスティ・ミンストレルズ」というフォーク・グループが最初なのですが、このグループ、お馴染みのフォークソング「グリーン・グリーン」なんかを集団でウワッと歌うグループでありまして (ずいぶんザックリした紹介ですが…) かつてケニー・ロジャースやバーズのジーン・クラークなんかもメンバーだった名門。
その後シンガーソングライターで旦那となるデイブ・エリングソンとのデュオ「キム&デイブ」結成、70年にはソロシンガーとしてもデビューを果たします。
映画「バニシング・ポイント」のテーマソング「レスト・オブ・ミー」や80年、同門のケニー・ロジャースとのデュエット「荒野に消えた愛」などのスマッシュ・ヒットはあるものの、実質的には前述の 「ベティディビスの瞳」が出世作と呼んでも良いでしょう。
実はこのキム・カーンズ、自分で曲の書ける人なのですが、 「ベティディビスの瞳」が60年代から70年代にかけて活躍した女性シンガーソング・ライター、ジャッキー・デシャノンのペンによるものだったために、あまりその印象が無いのは残念な話。
確かにいい曲ですし、有名曲なので、「伝ロック名曲館」でも良かったのですが、動画を見てもバラードというせいなのか、ただ歌っているだけで(爆)、どうもロックっぽさを感じられないのですなぁ。
確かにどちらかと言えばカントリー、フォーク畑で来た人ではありますが、それまでもポップなセンスやダイナミックでワイルドなテイストも十分持ち合わせていただけに、ヒット後の一発屋的イメージや、80年代バリバリキンキラ(笑)のエレクトリック・ポップな展開に若干の物足りなさを感じるのも事実。
ここは一発ロック・テイスト抜群な動画をお届けしてして再評価、と行きましょう!
ブレイク直前、80年のTV、ミッドナイト・スペシャルでの映像から、同年のアルバム「ロマンスダンス」に収録されていた、スージー・クアトロ、77年シングルのカバーナンバー、「恋はドッキリ」(ティアー・ミー・アパート)をお届けいたします!
ブラスセクションも入ったぶ厚いアレンジ、特に後でテナーとアルトのサックスを2本一度に咥えて吹いているオッサンは大道芸並みで、ついつい目がいってしまいますな!
赤いオーバーオールで可愛らしい印象ですが、1945年生まれのキム・カーンズ、この時すでに35歳!
という事は現在は…、まあいいでしょう(爆)。
ヒットを足がかりにUSAフォー・アフリカの「ウィ・アー・ザ・ワールド」への参加や、男版(爆)ロッドとの共演、果ては松田聖子のカバー(笑)に至るまで活躍を続けた彼女ではありますが、91年以降、04年にはカントリーテイストに立ち帰ったセルフ・カバーアルバムをリリースした以外、現在は半ば引退状態に。
幸せな余生を送っておられる事でしょう(笑)。
そういえば彼女の次男は「ライ」君というそうで、ライ・クーダーから名づけられたようです。っていうか確かグレッグ・キーンの息子も「ライ」君でしたね(笑)。
しかしそういう意味でもライ・クーダーって凄い人なんですねぇ。
「ちなんだ名前ランキング」があったら相当上位に食い込みますねこりゃ。っていうかそんなランキングありませんが…(爆)。
話が脱線しましたが、若かりしキムの元気一杯のパフォーマンス、ご覧あれ!



「TEAR ME APART」(1980)


↓出世作「私の中のドラマ」はもちろんなのですが、ここは一発、動画曲収録!オーストラリアでリイシューされているブレイク前のダブルコンピ盤をチョイス!お徳ですよ。


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2008年10月21日 (火)

Lita Ford

セクスィー・ダイナマイッ(爆)!
さあ、久しぶりに「麗しの女性ロッカー編」行ってみましょう!
HR/HM系が続いちゃって恐縮ですが…。恐縮ですがのリタ・フォードであります(笑)。
当伝ロックでもかなり初期の頃、取り上げさせていただいたガールズ・ロックの元祖「ランナウェイズ」。78年解散後、リーダーだったジョーン・ジェットはパンキッシュでストレートなロックン・ロールへ。ご存知ブラック・ハーツを率いて81年「アイ・ラブ・ロックン・ロール」を全米No1ヒットさせるわけです。
で、一方リード・ギタリストだったリタ・フォードはというと… 83年アルバム「アウト・フォー・ブラッド」で満を持してソロ・デビュー。
で、度肝を抜いたのはそのジャケット。ライオンのような金髪、シェイプされたボディーラインに網タイツとにB.C.リッチの変形ギターを抱えたそのスタイルはランナウェイズ時代のチェリー・カーリーも真っ青ってなもんです。
これで当時のLAメタルの波に乗って、ハードなギターもバリバリ決めてましたから、周囲も色めき立ったのも頷けますな。
それまで女性ロッカー、ギタリストと言えば、ある種「男勝り」といいますか、前述のジョーン・ジェットの様に女を捨てた(失礼!)かのごとき硬派が主流だったのですが、リタの場合は女性としての武器を最大限に利用しただけでなく、そのサウンドもボーカルも本格派を目指していたのが凄い所だったといえます。
一番のヒットは88年のアルバム「リタ」。「キス・ミー・デットリー」がヒットし、御大オジー・オズボーンとのデュエットナンバーも話題となりました。
そう、リタといえば様々な男性遍歴でも大いに話題となりましたなぁ。ランナウェイズ時代はかのリッチー・ブラックモアからギターの手ほどきを受けたとか言いますし、ブラックサバスのトニー・アイオミとも大分親密だったようですし、WASPのクリス・ホルムズとは結婚するも1年で破局。ニッキー・シックスジョーリン・タナーとも浮名を流しました。順不同ですが(爆)…。
まあ正直考えてみたらあのリッチーが17、8才の少女にギターの手ほどきする姿ってどーなの(笑)、と思ったりもしますが(爆)。
その後91年のアルバムが不作に終わり、急に表舞台から消えて行ってしまったのはちょっと残念な気がしますなぁ。
当時はMTVが全盛ということもあり、セクシーなプロモが沢山流れていましたが、いざ生演奏となると、案外見る機会は少なかったように思います。
で、探してみました。
私的に一番聞き込んだセカンド・アルバム、「ダンシン・オン・ジ・エッジ」より、オープニングを飾るナンバー、「ゴッタ・レット・ゴー」をライブでお届けいたします!
ザックリしたギター・リフ、熱いボーカル、LAメタル特有の転調ソロと楽曲展開に当時はノックアウトされた身としては、果たして!ライブで再現が出来ていたのかっ!というのは大いに気になるところでありました。
そこでこの動画です!いかがですか(笑)!
思わずレバーが「う~ん」の方に傾きましたね(爆)?
いや、これでいいんです!これでレコード通りに完璧なサウンドだったら逆に不自然です(爆)。もちろんボーカルの音程の不安定さはモニター・システムの影響もありますが…。ただソロは頑張ってますよね。まあ、妙にリアルでいいじゃないですか(笑)!
その後のリタですが、最終的にはニトロのジム・ジレットと結婚。なにやら南の島で2人の子供の子育てに専念していたとか。
大分落ち着いた様子がうかがい知れますが、最近フェスで復活をとげたようです。ママさんロッカー恐るべし(笑)!
それではこれぞライブ!の臨場感溢れる(笑)サウンド、お楽しみ下さい!



「Gotta Let Go」(1984)


↓私が聞き込んだセカンドをお勧め!でもなんか値段高っ!


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2008年6月12日 (木)

The Bangles

ゴーゴーズは以前取り上げました。で、バングルス2つあわせて「ゴーバンズ」(爆)!
まあその辺はさておき(笑)、伝ロックにしてはちょっぴり新しいバンドになりますが、バングルスのご紹介です。
80年代、もっとも成功した「ガールズグループ」との異名をとった彼女達のバンドとしてのデビューは84年。
結成自体は81年で、ビートルズ好きの姉妹、ヴィッキー、デビーの2人にスザンナ・ホフスが加入する形でスタート。
82年にもミニアルバムをリリースして、かなり話題にはなっていたんですね。
かのプリンスが気に入り、楽曲を提供。その「マニック・マンデー」のヒットを足がかりに、セカンドアルバム 「シルバースクリーンの妖精」から「エジプシャン」がヒット。
ゴーゴーズが持っていたガールズ・ロック・バンドの最高位、2位をしのいで、全米No.1ヒットとなったわけです。その後の活躍はご存知のとおり。
いわゆる美女揃い、と称される彼女達ではありますが、私的に感じるのは、その「フツー」感覚であります。
以前アメリカ留学経験のあった私の学生時代のバンドのギタリスト氏によれば、「LAのその辺のネエチャン(笑)がギター持って歌ってる感じ」なんだそうで、それまで「女性ロック」と言うとやたら男まさり的な感じだったり、必要以上にセクシー路線だったり、という通説を覆す「そのまま」の感じが良かったのでは、と思うのであります。
そんな所から飛び火していわゆるそれこそ「ゴーバンズ」とか「プリプリ」とか日本のガールズバンドにも大きな影響をあたえたのでは?と思いますねぇ。
さて、動画的には83年あたり、スザンナがショート・カットで、という動画もあったりするのですが、いかんせん「当て振り」でありまして(爆)、やはり、生演奏が見たい!ってことで探して見ました。
解散前あたりから再結成している現在に至るまでの演奏力は実に安定しているバングルスですが、昔はどうだったかってのは気になる所。
曲はファーストアルバム「気分はモノクローム」のオープニングナンバー、「墜ちたヒーロー」で、深夜のTVショーに出演した時の物。
どーですか!紛れも無い初期の生演奏!この後からは衣装もメイクも大分垢抜けた感じになるのですが、この辺が見ごろでしょう(爆)!
ギターのヴィッキーのチョーキングの音程は微妙(爆)ですが、初々しいながらも、実に堂々としたパフォーマンス! いいですねーご同輩(笑)!
私が一押しなのは、意外やスザンナのカッティング。いいセンスしてると思いませんか?アコギを弾いた時も実にいいビートを出すんですよ。
トレードマークはリッケンバッカーなんですが、ここではストラトを使用してます。
その後も名バラード「胸いっぱいの愛」やS&Gのカバー「冬の散歩道」などヒットを連発しますが、アルバム3枚をもって解散します。
しかしながら前述のとおり、03年には復活しています。
ポップな曲調のヒットが取りざたされていましたが、実質的には、ブリティッシュビートに根ざした音楽性や、全員が歌えるという見事なコーラスワーク、つぅ~(笑)なカバーの選曲、そしてそのフツーっぽい格好を覆すハードなステージアクショなど、実に「ロック」なんでありますな。
その辺、とくとご覧下さいませ。
それではどーぞ!



「Hero Takes a Fall」(1984)


↓ヒット満載!やっぱりベスト盤でしょうか。とにかく定番!



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2008年2月17日 (日)

The Go-Go's

ムッチムチーッ!深い意味はありません(爆)。
久々の「麗しの女性ロッカー編」、81年デビューのゴーゴーズの登場です。
ガールズ・バンドとしては、元祖と言われた70年代後半の「ランナウェイズ」があり、その後82年デビューのバングルスらと並んでガールズ・バンドを世間に知らしめた第2世代と言って良いかも知れません。
時代はパンク、ニューウェイブが台頭してきていた時期でもあり、その音楽性もその影響を受けたライト&ポップでビートの利いた印象でした。
結果デビューアルバム「ビューティー・アンド・ザ・ビート」がガールズバンドとしては初の全米No.1に輝いています。
その後も「バケーション」などヒットは続きましたが、世界中のヒットバンドと同じように、彼女達も様々なトラブルの末、85年に解散
その後ボーカルのべリンダ・カーライルはソロで「 ヘヴン・イズ・ア・プレイス・オン・アース」の大ヒットを飛ばしておりますね。
さて動画ですが、81年、デビューアルバムにも収録の「ウィ・ガット・ザ・ビート」をご紹介いたしましょう!
ガールズ・バンド特有のこの左右にピョコピョコ動く(?)ステップ(笑)。
演奏も見ての通りですが(爆)逆に正直でヨロシイ
バングルスもそうでしたが、この世代からは、本当に気負いがないといいますか、特に女性であることを売り物にするでもなく、自然体な感じでむしろ好感がもてます
メンバー全員取り立てて美人と言ったタイプでは無いように思うのですが(失礼!)この「どこにでもいるオネエチャン感」が親近感となって、世界各国(日本にもね)に沢山のガールズバンドを生んでいったのかも知れません。
それにしても80年代のファッションって今見ると(?!)ですなぁ
実は今回(08年11月)、動画を差し替えたのですが、この時期のべリンダ、異常に肥えてまんか?(爆)
途中ズボンに手をかけた男が上がってきてスタッフから突っ返されたり(笑)、ダイブした女性がTシャツをひん剥かれそうになるなど会場は異様な盛り上がり!
ちなみにゴーゴーズはその後再結成していて、近年もオリジナルメンバーで元気に活 動しています。
さすがにかなり垢抜けた感じのようですが…(爆)。
それでは元気一杯のパフォーマンスをどうぞ!

(2008.11.9追記)



「We Got The Beat」(1981)

↓大ヒットデビューアルバム。軽快なロックンロールが満載!



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2007年11月 7日 (水)

Blondie

いやあ!すんごい動画発見!ってことで、ブロンディーです!
今回はまず動画の説明、しちゃいましょう。76年デビューのブロンディーはセクシーなボーカル、デボラ・ハリーを売りにして、78年に初来日を果たしました。その時のテレビ出演の映像なわけです。
きわどいカメラアングルや、チアガールにツイストを踊らせるなど、いかにも!という演出、極めつけは若き日のキンキンが登場!というあたり、「11PM」かなにかでしょうか!!
画質は最悪でごめんなさいですが、実に貴重な映像ですよ!これ。
80年代に「コール・ミー」や「夢見るNO.1」などの大ヒットを連発する ブロンディーですが、そのスタートはニューヨークパンクのメッカ、クラブCGBG'sでのパフォーマンス
テレビジョンやラモーンズ、パティ・スミスなどを生み出したこのクラブからの最後のメジャー・デビュー組ということですが、デボラ・ハリー自身は66,7年頃からすでにキャリアをスタートさせていて、ブロンディーでの大活躍は30代。
年齢のことを話題にするのははなはだ失礼ですが、この辺、プリテンダースのクリッシー・ハインドに通じるところもあるかも知れません。
ご存知のように彼らの売りは実に幅広い、ポップでキッチュな音楽性にあったのは言うまでもありませんが、デビュー直後はそのスピーディーな演奏から確かにパンキッシュだった、ともいえます。
で、またその動画の話ですが、この78年頃というのは本格的にブレイクする直前。当時の記録をひもといても客席はガラガラ、演奏もヘタだったらしく、早過ぎた来日と言われていた様です。
たしかに勢いはありますが、荒っぽいですね。
曲はデビューシングルの「X-オフェンダー」。
曲の途中でデビーがひざまづいて手をエーックス!とするお約束のアクションも決まってます(笑)!
さらに途中で切れてますが、「夢見るキッドナッパー」も演奏されています。
全盛期の動画はプロモを含めて出まくってますから、たまにはこういのも良いかも(笑)。
セックスシンボル、なんて言われていたデボラ・ハリー。
マリリン・モンローを意識したビジュアルなどは後のマドンナ辺りにもかなり影響を与えたはずですが、私的にはちょっと苦手なタイプですね…って誰もお前の好みなんか聞いてねーよ!って怒られそうですね(爆)。失礼(笑)!
メンバーの病気のため 82年に一度解散したブロンディーですが、 98年に再結成。
現在も活動中であります。
かく言うデボラもなんと62歳!水前寺清子と同い年(爆)
さすがに数年前までは痛々しい感じでしたが、最近シワ取り整形して(本人がそう言ってます…)精気を取り戻したご様子。
凄まじいアーティスト根性!頭が下がります。
それでは若き日の貴重な映像をどーぞ!



「X-Offender」(1978)


↓ベスト盤で行きましょう(笑)!いかにヒットが多かったを再認識できます。


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2007年8月11日 (土)

Bonnie Raitt

世間一般でブルース、スライドギターと言えば、一番「じじムサい」(失礼!)たぐいのジャンル。ある意味、うら若き女性には一番不釣合いな音楽と言えるかも知れません。そう彼女、ボニー・レイットが登場するまでは!いやー久し振りに「麗しの女性ロッカー編」であります。
71年にデビュー。ブルースのみならず、ギターを弾きながら歌う女性アーティストの草分けと言っても過言ではないでしょう。
「麗しの…」などと言う表現が、失礼に当たるのではないか、と思う程、彼女のテクニックは素晴らしいもの。
特に私的に凄いなぁと思うのは、彼女の場合、変に気負うでもなく、媚びるでもなく、実に自然体な所。いやーなかなか出来る事じゃあないですよ。
もちろんデビュー当時から凄かった、と言う訳では決してありません。当初はスライドはアコースティックギター中心でしたし、歌も今と比べれば…って感じもありました。
ただ名うてのブルース・ミュージシャンやプロデューサーが彼女をサポートし続けた、ということもあって、実にたくましく成長して来たのでは、と言う印象です。
セールス的にもデル・シャノンのカバー、「悲しき街角」が79年にヒットするも、ワーナー時代は紆余曲折。やはりレコード会社側が売り出し方に悩んだんでしょうねぇ。
ポップな路線があったり、ウェスト・コーストとシンクロしたり。
フェィセズのイアン・マクレガンがサポートした時はバリバリにロックンロールでした。
そうそう、日本人ベーシストの小原礼が参加していた時もありましたね!
キャピトルに移籍してからはご存じの通り。プロデューサーもドン・ワズに固定し、89年の「ニック・オブ・タイム」ではグラミーも受賞。現在も良質なアルバムを出し続けています。
彼女のアルバムでは昔から必ず、エリック・カズやジャクソン・ブラウンなどのシンガー・ソングライター系の楽曲を取り入れていて、その曲の良さも特筆すべき点だと思います。
さて動画ですが、75年の4枚目、「ストリート・ライツ」からの「エンジェル・フロム・モンゴメリー」をお届けします。
ここまでスライド、スライドと言っておきながら、「ギターソロ無しかいっ!」と怒られそうですが…(爆)、なにせ映像がない(笑)!
特に伝ロック的に欲しいと思う70年代の映像は皆無に等しい…。
最近のスライドバリバリの演奏はまた改めてご紹介するとしまして(爆)、今回はこのジョン・プライン作の隠れた名曲をじっくりお楽しみ下さい!
いつの映像か定かではありませんが、衣装とギターからして79年頃の映像と推測されます。
それではどーぞ!



「Angel from Montgomery」(1979)


↓アルバムとしては、私の個人的趣向でもって、リンダ・ロンシュタットのスタッフが総動員したアルバム、79年の「ザ・グロウ」をご紹介しましょう!ワディ・ワクテル、好きなモンで…すみません(笑)。


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2007年6月 2日 (土)

Patti Smith

「パンクロックの女王」と呼ばれたパティ。
彼女を知れば知るほど、そんな単純な表現では収まりきれないアーティストであることに気付かされます。
75年に29歳でデビューしたパティ。
遅いデビュー、詩人という側面。元々ミュージシャンを目指していた訳ではなかった、という部分からも、私的には、のちに登場して来たプリテンダーズのクリッシー・ハインドあたりにも共通したものを感じますね。
私的に思うに、「パンクの女王」と、というのはあくまで後でかぶせられたものなのでは?というような気がします。
シンプルな音楽性や歌唱スタイルから来るイメージですね。イメージ。
動画はデビューアルバム「ホーセズ」から「グロリア」です。どうでしょう!この強力なオーラ!
「麗しの女性ロッカー」なんていうカテゴリー分けが失礼か、と思わせるほど、おごそかで、激しく、アーティスティックで中性的な魅力に溢れております。
そもそも私がパティ・スミスと接点があったのは、私自身が師と仰ぐ(笑)「御大」トッド・ラングレンとのつながりでして、トッドのアルバムに彼女がコメントを寄せていたり、彼女が一時子育て引退する79年のラストアルバムをトッドがプロデュースしたり、等…。
ご承知の通り、パティはその後88年に復帰。現在もポッキリ折れそうな細い体で(爆)精力的に活動中。転落事故、最愛の夫や近親者の死などの悲劇を乗り越え、さらに作品に反映させて行く姿は、まさに伝説のアーティストと呼んで良いでしょう!
それでは79年ライブからの貴重な映像を、どーぞ!



「Gloria」(1979)

↓やはりデビュー盤。メイプル・ソープのジャケ写。美しい…。

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2007年4月14日 (土)

Fleetwood Mac

20年以上の長きに渡り活動していたフリートウッド・マックは年代によってかなりイメージが違っていた印象です。
レアーな所を狙う当伝ロックとしては、ピーター・グリーン在籍時、と行きたい所。
しかしながら彼は伝説のギタリストの回に譲るとしまして、今回はスティビー・ニックス時代の動画を、「麗しの女性ロッカー編」のカテゴリーとしてご紹介しましょう。
67年にピーター・グリーンズ・フリートウッド・マックとしてデビュー。ボブ・ウェルチの参加時代後、スティービーとギタリストの リンジー・バッキンガムが参加したのが 75年。
動画は参加間もない76年のものです。
妖艶な魅力のスティービーですが、この動画ではあどけなさすら感じる初々しい感じグッと来ませんか?殿方の皆様(笑)
その後大ヒットアルバムの「噂」がリリースされたのが77年となるわけですね。
私的にはキーボードのクリスティーン・マクビーが好きでしたねぇ。ソロ・アルバムも良かった!
そんなものですから、その後ツアーに出なくなってしまったのは残念でありました。
そう、ドラムのミック・フリートウッドという人はなかなかお茶目な人で、以前見たライブ映像では体にパッドを仕込ませて、ステージ前まで出て来てボディ・ドラミング(笑)を披露してました。
その表情が!もう!(笑)   バッション屋良は絶対あれを見てますね…(笑)。
ということで、アルバム「ファンタスティック・マック」より「リアノン」をTVショーの映像でお楽しみください!
エンディングに向かうにしたがってグングンロックして行くスティービーのパフォーマンスにも注目です!



「Rhiannon」(1976)

↓スティービー・ニックス参加後初のアルバムをご紹介。「噂」に負けず劣らずの名盤。必聴!

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