2017年1月 4日 (水)

THE HOOTERS

Q:「フーターズと言えば?」
A:「セクシー衣装のピザ屋!」
Q:「…ですが、バンドのフーターズと言えば!」
A:「フィラデルフィア出身の80年代に一斉を風靡したバンド!」
Q:「正解!!」
と言う訳で(笑)今回は「ザ・フーターズ」のご紹介です!
今となっては「?」の方も多いと思われますが、80年代の代表的な歌姫の1人シンディー・ローパーのヒット曲「タイム・アフター・タイム」を共作したロブ・ハイマンのバンドと言えば多少は通りが良いでしょうか。
元々はボーカル・キーボードのロブギター、ボーカルのエリック・バジリアンを中心にデビューした「ベイビー・グランド」と言うバンドが前身。
ギターにジョン・リリィベースにロブ・ミラーを迎えての83年のデビュー作「アモーレ」はインディーズながら大きな評判となり、この時期に元フーターズのメンバーだったリック・チャートフがプロデュースした、シンディー・ローパーのファースト・アルバム制作にロブとエリックが起用され、大ブレイクの引き金になったのは前述の通り。
フーターズの名前の由来は鍵盤ハーモニカの愛称からだそうで、確かに鍵盤ハーモニカやマンドリン、アコーディオン、などの楽器に加え、スカやケルティック、レゲエ、カントリーを含む民族音楽をロックで融合させたアーシーかつポップな音楽はメインストリームにはあまりなくて、とても新鮮な印象でした。
'85年のメジャーアルバム「眠れぬ夜」はいきなりのダブルプラチナを獲得。
おなじみ「ライブエイド」でも強烈な印象を残しました。
87年アルバム「ワン・ウェイ・ホーム」、89年「ジグ・ザグ」と発表。
93年から95年には女性メンバーとしてミンディ・ジョンストンが参加した時期があり、個人的にはこの時期の印象が深いのであります。
エリックが抱えるエレクトリック・マンドリンとギターのダブルネックや、ボーカル、バイオリン、マンドリンとマルチにこなすミンディのキュートな魅力とともに脂の乗り切った時代のハツラツとした様子が印象的!
動画もその辺で、と行きたい所ですが、さすがに伝ロク的には新しすぎると言う事で(笑)、動画は現存する最古と思われる映像を持ってきてみました(笑)。
'82年、まだギターがジョン・クズマベースがボビー・ウッズという、ごく初期の映像を発見!
地元フィラデルフィアでの演奏で、観客の様子を見てもこのバンドがブレイクしていく勢いを感じる興味深い演奏です。
80年代特有のファションや髪型はまだ影を潜め(笑)、70年代を引きずった感じの若々しいロブ。
トレードマークのレスポールJrではなく、テレキャスターを抱えたエリックなど見所満載(笑)。
動画の「オール・ユー・ゾンビーズ」は後にレコーディングされたシンセ主体のアレンジではなく、ロックっぽさを全面に出した感じになっていて、逆にかっこいいですね!
さてその後のフーターズですが、リッキー・マーティン、ジョン・オズボーン、ボンジョビなどへの楽曲提供プロデュースなどバンド内外での活躍は続くものの、ライブアルバムの発表後、ミンディの脱退などあり98年に一度活動を停止。
しかしながら'01年に復活。 ドイツではNo.1ヒットもあったとのことでその後頻繁にツアーに訪れているようです。
'08年にはニューアルバムも発表。現在も健在で活動しているようです。 それでは若きフーターズのハツラツとした演奏をどーぞ!!



「All You Zombies」 (1982)


 


↓オススメアルバムは動画の頃ではなく(笑)、本文でもありましたミンディが参加していた頃の良作'93年の「アウト・オブ・ボディ」を推薦します。ミンディのボーカルに加え、シンディー・ローパーもゲスト参加するなど、活動休止前の最後のアルバムとは思えない作品。レーベルの関係か、現在新品での入手は難しいですが手にはいります。ぜひ!



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2011年5月29日 (日)

John Cougar Mellencamp

がんばっぺ!東北・メレンキャンプ。
通常時事ネタは極力取り上げない当ブログですが、宮城県から発信の当「伝ロク」、今回ばかりはご容赦を…。
こんな時なので、力の出るロックアーティストを取り上げましょう!ジョン・クーガー・メレンキャンプのご紹介です!
ご存知、80年代に大ブレイクしたジョン。デビューは意外に早く76年のことでありました。
デビューのきっかけとして元デヴィッド・ボウイのマネージャーに見出されたまでは良かったのですが、本名ジョン・メレンキャンプなのに、勝手にジョン・クーガーと命名されるなど信頼関係が築けず袂を別ちます。
制作されたアルバムがリリースされない、などの不遇の時代が続きますが80年、MG'sのスティーヴ・クロッパー プロデュースによる実質4枚目アルバム「ナッシン・マターズ・アンド・ホワット・イフ・イット」から「エイント・イーヴン・ダン・ウィズ・ザ・ナイト」 がスマッシュヒット。
満を持して82年に発表されたアルバム「アメリカン・フール」からのシングル、「青春の傷あと」、「ジャック&ダイアン」が全米No.1と なって一躍スターダムにのし上がります。
ロック、カントリー、ブルースなどをルーツとした泥臭い中も小気味良いギターサウンド
ハスキーで力強い歌声
MTV全盛の当時にあっても一本筋が通った好印象でしたね。
83年にはジョン・クーガー・メレンキャンプと本名を交えて第一弾改名(笑)。
アルバム「英雄と悪魔」リリース、85年のアルバム「スケアクロウ」も彼のキャリアの中では最大の売り上げを記録するなど、順調にキャリアを積んで行きます。
そこで動画!当時MTVでのプロモ映像は鬼のように流れていたのにその時代の生演奏となるとめっきり少ない…。
そんな中、ブレイク初期の82年、TV番組に出演した時のライブ映像をお届けいたしましょう!曲は前述の「エイント・イーヴン・ダン・ウィズ・ザ・ナイト」
どうでしょうこの若々しい姿!お馴染みの軽やかなステップ!演奏の安定感こそイマイチですが、バンドのメンバーと小突きあう姿も微笑ましい(笑)。
実はネットにこの1年前のTV映像があるのですが、これが傑作(爆)。バンドメンバーが楽器も持たずピンクのタキシードでドゥ・ワップよろしく踊っていて、その前でシャツの第一ボタンまでキッチリ留めたジョン赤いVネックセーター着て歌ってる(笑)。とてもこの動画と同じ歌とは思えない代物
マネジメントともめるのも無理ないなぁ(爆)。
さて87年の好アルバム「ロンサム・ジュビリー」のヒット以降は若干人気が衰えた感はいなめませんが、俳優業をやったり、体調を崩したりといった影響もあったのでしょうか。
そう、91年には第二弾改名!現在本名であるジョン・メレンキャンプを名乗っているようです。
さて、彼の功績として評価されるのが、85年にウイリー・ネルソンやニールヤングと共に、アメリカの農家のために立ち上げたチャリティーイベント「ファーム・エイド」であります。
これには賛同する数多くのアーティストが出演しており、ボン・ジョビビリー・ジョエル、トム・ぺティルー・リードなどなど強力な顔ぶれになってるんですよね!
そういえば、最近のアメリカン・ルーツ・ロックに回帰したボン・ジョビジョン・クーガーってかなりダブるんですが、どうでしょうか!絶対影響あると思うんだけどなぁ…。
この「ファーム・エイド」はずっと続いており、今年も元気なジョンの姿を見る事が出来そうです。
まあ若干オッサン化してますがそのぐらいはOK!全然OKよ!(笑)。
さて余談ですが、ジョンがハリウッド女優メグ・ライアンと結婚?とかいう話出てますよね…
メグファンの私、それだけは複雑ですねぇ(爆)。
以前メグが交際していたラッセル・クロウもカントリーを歌ってましたから、案外共通点あり?? どーでもいいか(笑)。
それでは若き日の元気一杯の姿、お楽しみ下さい!


「Ain't Even Done With The Night」(1982)





↓個人的にやっぱり印象深いのはこの頃ですかね…82年の「アメリカン・フール」をチョイス!


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2009年9月25日 (金)

Huey Lewis & The News

ヒューイ・ルイスの芸名って、ドナルド・ダックの3人のいたずら好きな甥っ子「ヒューイ・デューイ・ルーイ」から付いたらしいですよ…。
どうも!80年代を代表するアメリカンロックバンド、「ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュース」のご紹介であります!
メジャーもメジャー、しかも80年代ってことで、伝ロク的にどうか、というお話はありますが、まあ、最近マニアックな所が続いたので良しとしましょう(笑)。
結成は79年、サンフランシスコ。80年にアルバム「ヒューイ・ルイス・アンド・ザ・ニュース」となるのですが、ここからのヒットはなく、82年のアルバム「ベイ・エリアの風」がヒット作になり、快進撃が始まります。
で意外と知られていないのが結成以前の下積み時代の話。ヨーロッパ放浪中に独学でマスターしたハープで、71年にカントリーロックバンド「クローバー」に参加したルイス。私も大好きな(笑)パブ・ロック界の大御所、ニック・ロウの誘いで76年に渡英。エルヴィス・コステロのデビュー盤にも絡むなどするものの、成功は得られず、シスコで出直しとなったらしいのです。イギリスで当たっていたらちょっと違った展開になっていたかもしれませんねルイスの抜群の歌唱力R&Bやソウルフルな音楽性をベースに80年代特有のキーボードとぶ厚いコーラスを乗せたサウンドキャッチーで疾走感溢れるもの。
前述のアルバム「ベイ・エリアの風」からの「ビリーヴ・イン・ラヴ」(全米7位)をかわきりに83年サード・アルバム「スポーツ」からは「ハート・アンド・ソウル」(全米8位)、翌年に入って同アルバムからは「アイ・ウォント・ア・ニュー・ドラッグ」 (ゴーストバスターズの元ネタ?) 「ハート・オブ・ロックン・ロール」ロッカバラードの「いつも夢みて」が軒並み6位を記録。
極めつけは85年、大ヒット映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」の主題歌「パワー・オブ・ラブ」で悲願の全米No.1に。
その勢いで86年のアルバム「FORE!」からは 「ジェイコブズ・ラダー」「スタック・ウィズ・ユー」連続No.1でまさに一世を風靡したと言って良いでしょう。
もうこの辺は説明不要でしょうなぁ。
彼らの持ち味、といいますか、私個人の印象なのですが、いわゆるR&Bなどのブラックミュージック、オールディーズやソウルのテイストに白人音楽の代表でもあるカントリーの直線的な疾走感が絶妙にクロスした感じが凄いと思うのです。「アメリカン・ミュージック全般を包括した感じ」とでも言うのでしょうか。一部にはその「いかにもアメリカ」の感じ(笑)をスプリングスティーン同様、毛嫌いする人達もいるようですが、当人達は全く意識してないようですね(笑)。
それから特筆すべきはそのエンターテイメント性溢れるステージング
キメキメのアクションはもちろん、お馴染みのアカペラ・コーナーではメンバー全員でドゥ・ワップのスタンダードを時にはラメ入りジャケットまで着てバッチリ決めてくれます
しかしメンバー全員が歌えるっていうのは強みですねぇ。
そういえばかの「ベストヒットUSA」に出演した時も即興でアカペラを披露してくれたっけ…今や伝説ですなぁ!
さて動画ですが、これだけの人達ですから、有名曲はあえて外しまして…(爆)、時期としては「伝ロク」のセオリー通りなるべく古いものを、ということでこの辺が探せる限界か(爆)82年アルバム「ベイ・エリアの風」から「ワーキン・フォー・ア・リヴィン」という曲をチョイスいたしました。
ヒットとしてはスマッシュヒットどまりだったのですが、ライブでは本編ラストに演奏されることの多いノリノリのナンバー!
これでデビューしただけあって、定評のあるルイスのハープもブリブリに決まっております。
バックで盛り上げるのはこの後しばらく一緒にツアーを回ることになる「タワー・オブ・パワー」のホーン・セクション!この辺の人達にしっかりスポットを当てたヒューイ・ルイスの功績は大きいですね。
メンバーについて少しフォローしておきますと、ギターとサックスの両方をこなすジョニー・コーラの存在が大きいでしょうか。
不動(?)のベーシスト、マリオ・シポリナはまるでイタリア・マフィアみたいな名前と出で立ち、くわえ煙草でいかにも悪そうですが(爆)、実際に95年の脱退以降に本当に強盗と覚醒剤で逮捕されているのでシャレになりません(爆)(現在は無事更生。良かったね(爆))。
そう私何気にギタリストのクリス・ヘイズは結構好きなんです。なんで、といっても大きな理由はないんですが(爆、的を得たソロがなんとなく好きなんですよ。ちなみにこの動画のソロはイマイチですが(爆)、「いつも夢みて」の流麗なソロなんかは惚れ惚れします。
さてあれだけヒットしたのに90年代以降はパッタリとヒットの出なくなった彼らですが、どっこい、現在もバリバリ活動中。08年にシカゴと共にジョイントで来日したのも記憶に新しい所。
レーベルがあれこれ変わったり、ギタリストのクリスもついに不参加になってしまったようですが、ダイナミックなライブはそのままに円熟味も加わっているようです。
ライブでもヒットナンバーのオンパレードで、オーディエンス撮りの動画なんか、ぜーんぶお客さんが歌ってて、本人の声が聞こえないっつーの(爆)!
そういえば私が敬愛するトッド・ラングレンのプロデュースでソロ・アルバムの話があったけど、どうなったのかなぁ…。
それでは初々しさはありませんが(爆)若き日のハツラツとした好演、お楽しみ下さい!




「Workin' for a livin'」(1982)





↓動画曲収録のアルバム、「ベイ・エリアの風」。邦題がいいやね。西海岸系のバンドにはやたらこんなアルバムタイトルが多かったですね!もちろん、お馴染みのヒットを網羅したベスト盤のたぐいもおすすめです!


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2009年7月12日 (日)

The Greg Kihn Band

シスコーン大好き! 
いやもとい(爆)、'83年のアルバム「シスコ大好き」(キーンスピレイシー)からのシングル「ジョパディー(危険がいっぱい)」が全米2位のヒットで有名なグレッグ・キーン・バンドのご紹介であります!!
クラビコードとファンキーなべースラインが印象的な「ジョパディー」は、MTV黎明期ともあってダンスチャートでも1位、当時のディスコでもかかりまくり。
日本でもディスコサウンドのバンドと勘違いされる向きもありましたが実はさにあらず
彼らは正統派のロックンロールバンドなんであります。
特に活動の拠点だったサンフランシスコ、ベイエリアでの人気は高かったようですね。
76年にボーカルギターのグレッグ・キーンとベースのスティーブ・ライトが中心になって結成。
デビューアルバム「グレッグ・キーン」、セカンド「グレッグ・キーン・アゲイン」、サードの「ネクスト・オブ・キーン」と順調にアルバムを出しますが今ひとつ売れず、不遇の時代を過ごします。
シスコロックと言えば古くはジェファーソン・エアプレインやブルーチアあたりのサイケロックにはじまり、ジャーニーやスティーブ・ミラー・バンドなどいわゆるウエストコースト・ロックとはまた違った土壌で有名。特に80年代はヒューイ・ルイス&ザ・ニュースのブレイクが象徴的でありましたなぁ。
そんな中、彼らにも渋りがあったのかもしれません。
実際の彼らは動画をご覧になっていただければおわかりの通り、ニュー・ウェーブテイストも感じさせる実に小気味が良いストレートなロックンロールが持ち味であります。
またその辺はアルバムやライブで喜々として披露されるバディー・ホリーやヤードバーズ、キンクス、ホット・チョコレートあたりのカバーソングにも現れている、といえるでしょう。
また、スプリングスティーンから曲を贈られたりしているあたりにも、そのスタンス的なものが見えてくる気がします。
動画はあえて「ジョパディー」を外しまして(爆)、80年代初頭のカントリー・クラブでの映像から。
81年のアルバム、「ロッキーン・ロール」からの曲、「ブレイクアップ・ソング」であります。この曲がスマッシュヒットとなって、世に出て行ったわけです。
どうでしょう!この辺が彼らの本来の姿と言えるかもしれません。
でで!彼の抱えているギターがポイント!この五角形の12弦ギターはアンプで有名なVOX社のファントムXIIと呼ばれる60年代のものでありまして、なかなか興味深いですね!
いわばビザール・ギターの部類なのですけれど、中にはステレオ仕様とかいってツマミが12個も(笑)付いたものがあったりしたものです。
彼はプロモーション・ビデオやアルバム・ジャケにも使っている所を見るに、相当お気に入りだったんでしょうねぇ。
そう、折りしも当伝ロクでも「トム・ぺティー&ザ・ハートブレイカーズ」の動画でぺティーが使用していたところをご紹介したことがありましたっけ。
その後の彼らですが、83年「ジョパディー」のヒットがあり、またこの後リリースされた曲、84年「リユナイテッド」、ソロになってからの85年「ラッキー」との3曲はプロモーションビデオが続き物になっていて楽しかったですね。
どれも真面目に始まるのですが、いつも最後は竜巻やキングコングや船が沈没したりして安っぽくもドタバタになるのが笑えました(笑)。
そう、本人も出演してあのアル・ヤンコビックがパロディーをやっていたのも大物と認められた証拠といえるかも(笑)。
それからヒット以降のアルバムタイトルにダジャレ風に「キーン」という言葉を入れて造語を創るセンスも秀逸でありました。
(「ロッキーン・ロール」(ロックン・ロール)「キーンスピレイシー」(コンスピレイシー/陰謀)「シチズン・キーン」(市民ケーン)等など)
現在はDJをしたり、文章を書いたり、バンドの方には現在キーボードに息子であるライ・キーン(ライ・クーダーから命名したとか)が参加しているようです。
それでは若き日の元気一杯な映像、お楽しみ下さい!



「Break up song (They Don't Write 'Em)」(1981)


↓おすすめはあえて出世作の「シスコ大好き」(キーンスピレイシー)ではなくて、こちらの「ロッキーン・ロール」を!動画曲収録、ジャケットにもしっかりVOXのファントムギターが(笑)!


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2009年3月 9日 (月)

Eddie Money

エディマネーでございます。えっ? 電子マネー? 違います(爆)。
エディ・マネーのご紹介です。
最近電子マネーだエディだ、とか言うもんですから思わず思い出してしまいました(笑)。
77年デビューのエディ・マネーはその渋いハスキー・ヴォイスとソウルフルな歌唱力で80年代に向けて全米でスマッシュ・ヒットを連発いたしました。
日本ではファーストアルバム、「噂のエディ・マネー」のインパクトが強すぎたか、若干過去の人、的見方もされがちですが(爆)、どっこい息の長いロック・シンガーであります。
この人の話題でよく取り沙汰されるのが、ニューヨーク市警からロックシンガーへ、というその異色の経歴
父も兄も警察官らしいですから、当然の選択だったのかも知れませんが、権力の象徴みたいな警察と反体制の象徴ともいえるロックンロールとの対比が格好のセールスポイントになったのでしょう。
大御所プロデューサー、ビル・グラハムに見出されたのも大きな話題でありました。
そのキャリアのせいかデビュー時は29才と遅咲き。
でも色々調べて見ると73年ですから23才ぐらいの頃になりましょうか、「ザ・ロケッツ」というバンドに在籍していたようです。
ウィキぺディアにも載ってませんし、リリースも確認出来ませんが、音を聞く限りかなりイケてるパワーポップ&ハードロックな印象です。
ちょっと気になりました(笑)。全くの余談ですが(爆)。
さて動画です!86年のヒット、「テイク・ミー・ホーム・トゥナイト」あたり、とも思いましたが、やはり70年代のこのナンバー、「ベイビー・ホールド・オン」で行きましょう!
デビュー盤「噂のエディ・マネー」からのナンバー。
実はそのLP盤の帯、「噂のエディー・マネー」の字の横小さく「あれが」って書いてあったんですよ(笑)。「あれが噂の…」ですか(笑)。デビュー盤なのに(笑)。またしても余談でした。
さてそのジャケットが煙草片手のロビン・ザンダー風(?)だったのでイメージしづらい所もありましたが、この動画いかがですか!
いやー実に渋い。かっこいいでしょ(笑)?
バンド花盛りになっていく時代にあって、このスタイルは貴重だったと思うのですが。
さて最近のエディ、体型にも貫禄がついて若干キーも落としたり、などあるものの、声も雰囲気もそのままで、いい味が出ているようですね。
さらに彼の娘、ジェシー・マネーもブルース系の渋いボーカルでテレビなどにも登場している様子。血は争えないんですねぇ(笑)!
ニューヨーク婦警じゃなくて良かったね(爆)。
さあそれではじっくりと楽しんでいただきましょう!





「Baby Hold On」(1978)


↓これが噂のエディ・マネー(笑)。ファーストです!


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2008年12月 7日 (日)

Pablo Cruise

皆さんはパブロ・クルーズと言って何を連想しますか?
サーフ・ロック? ウエスト・コースト?
私の場合は「犬」です
ね(笑)。
「パブロ」しか合ってないじゃん(爆)!
冗談はさておき、パブロ・クルーズであります。
73年結成、75年デビューのパブロ・クルーズ。シスコサウンドの新星と謳われた彼らのサウンドはいわゆるウエストコースト直系の明るくコーラスワークの優れたスタイルはもとより、ジャズっぽかったり、ラテン・ソウルなどのファンキーな味付けが絶妙。またその演奏力の高さを生かしてのインストナンバーにも定評がありまして、セカンドアルバム「絆」に収録された「ゼロ・トゥ・シックスティ・イン・ファイヴ」(フリーライド・サーファー)が77年のサーフィン映画「フリー・ライド」に使用されたのをきっかけに、いわゆるサーフ・ロック、としての地位を不動にした、と言って良いでしょう。
「カラパナ」や「セシリオ&カポノ」など、同じように当時のサーファーに人気だったバンドは数々あるのですが、当時ハード・ロック少年だった私的にはあまり深く思い入れがなかったのも事実なんであります。
もちろんサーファー自体の印象も、現在の硬派でオーガニックな感じではなく、どっちかと言えば軟派の代表的な見られ方をされていた、というのも一因かと思いますが…。
ただ音楽としてのサーフロックは今となってみるとむしろ実に私好みなんですよ(爆)。
そう、ちなみにそのセカンドのジャケット写真なのですが、メンバー4人が裸でかたまっている写真でありまして(笑)、さわやかな音楽性とは裏腹(?)に、非常に暑苦しい(失礼!)雰囲気となっております(笑)。
つーか、なぜかこの頃はこの手のバンドのアルバムでの「裸」ジャケット、というのがいくつか散見されておりまして(オーリアンズでもありましたね)、なんかこう「おしゃれ」な雰囲気を醸し出そうとしているのかどうかわかりませんが、当時は長髪、ヒゲ面が主流ですし、あんまり見ていて爽やかな感じはありませんよねー(爆)。
すっかり話が脱線しましたが、動画です。
同77年の出世作、全米6位の大ヒット「ホワッチャ・ゴナ・ドゥ」をお届けいたしましょう!
動画の音声の加減もありますが、ボトムの効いたサウンドが実にカッコいい、アンド演奏がうまい!
ギターのデヴィッド・ジェンキンスとベースのバド・コックレル二人のボーカルもこれだけバリバリ弾きながらは実に驚異的ですな。
私的にもバドのこのグルーヴィーなベース、実にツボだったのですが、彼はこの後バンドを離れてしまいます。(その後イッツ・ア・ビューティフル・デイに参加!!)
そう、それからキーボディストのコリー・レリオスのピアノもかなりそのサウンドの肝になっているのを忘れてはなりません。
何度かのメンバーチェンジの後、86年に一度解散。その後何度か単発的な再結成も行われているようですが、なぜか近年はすっかり忘れ去られている感はいなめないですねぇ…。残念です。
そう言いながら私も最近思い出した所ですが…(爆)。お粗末!(笑)
それでは全盛期の強力なサウンド、お楽しみ下さい!



「What'cha Gonna Do?」(1977)





↓動画のヒット曲収録のサードアルバム。邦題は「太陽の放浪者」だったと思います。「放浪者」って…(笑)。



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2008年9月17日 (水)

Sammy Hagar

熱い!熱い熱い、サミー・ヘイガーの登場だ(笑)!
世間一般様で言えば「サミー・ヘイガー?あー、ヴァン・ヘイレンのボーカルだった人ね。」とかいう認識が一般的になってしまいましたが、私の場合、まあそれはもちろんですが、元、伝説のハードロックバンド、モントローズのボーカルで、80年代頭にソロでもブイブイ言わせていた(古っ!)熱いロッカー、というイメージですね。
私もサミーの声は本当に好きでですね、ここ伝ロックでもモントローズ、それとジャーニーのニール・ショーンらとのユニット、H.S.A.Sでの熱い映像をご紹介済み。
で、今回はソロとしての動画を紹介いたします。
モントローズ脱退後、76年にソロ・ファースト「ナイン・オン・ア・テン・スケール」を発表。
かつての同胞、モントローズのメンバーを従えつつ活動後、81年当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったレーベル、「ゲフィン」に移籍。
ここからは正に快進撃と言った感じでしたね。
「レッド・ロッカー」の異名をとり、イメージ・カラーは熱い!アメリカン・ロックの王道をいく明るくハードな熱い曲熱い映画「オーバー・ザ・トップ」など、映画サントラへの楽曲提供をはじめ、前述のH.S.A.Sへの参加も大きな話題でありました。
ともあれ84年の熱いアルバム「VOA」あたりでピーク、これから行くかっ!という所で衝撃的なヴァン・ヘイレンへの加入
この熱い事件に当時はびっくりしましたが、その音楽性やキャラクターからきっとうまく行くんだろうな、とは思ってました(爆)。
ネーム・バリューから吸収合併的な印象はいなめませんでしたが、その後10年間のヴァン・ヘイレンの全米No.1ラッシュの活躍はサミーの加入が大きく作用したことに疑いの余地はないでしょう。
ソロ時代の曲も時折演奏されてましたし。
04年の一時的な復帰はあったものの、96年に脱退してからは再びソロへ。
まあ、熱い性格が禍してか、モントローズ直後はモントローズを皮肉ったアルバムを、ヴァン・ヘイレン加入後は初代ボーカルのデイヴィッド・リー・ロスを意識した言動を、ヴァン・ヘイレン脱退後は敵の敵は味方、とばかりにデイヴィッド・リー・ロスとジョイント・ライブ(!)を行ったりと話題作りもしっかり(笑)。
そう、その02年のライブでベーシストとしてマイケル・アンソニーが参加しちゃったものだから大変!それが元でヴァン・ヘイレンをクビになっちゃったんだよぅ(爆)。
さて動画!
私がサミーの曲で一番好きなのは、「キャント・ドライブ・55」という前述のアルバム、「VOA」に収められていた熱い大ヒットナンバー
55マイル(約時速90キロ)でなんか走れるかいなっ!って熱い曲
MTVの全盛期で、サミーがフェラーリでぶっ飛ばすプロモビデオが秀逸でありましたが、なかなかいいライブ動画がない(爆)!
で私的にサミーが一番カッコ良く見えた(?)時期、83年のヒューストン公演より引っ張ってまいりました。
髪型といい、スリムな体型といい(その後激太りですから…)ベストですね!
で、曲はアルバム「スタンディング・ハンプトン」から「ベイビーズ・オン・ファイア」をはじめ、ライブダイジェストでたっぷりと!
いやー、この頃からのいわゆる「オレオレ」的な熱いパフォーマンスは実に爽快(笑)。ボーカルのみならず、「ギターも美味しいところは全部俺が弾くぜ!」という姿勢(笑)。
ワイヤレスのヘッド・セットマイクを使ってステージを縦横無人に駆け回る姿、ド派手なステージセットと相まって、エンターテイメンント性も抜群!
特にこの手のジャンルでヘッドセットマイクを使用したってのは当時珍しかったように思います。ちょっと一瞬歌ってるように見えなかったりして当初は違和感があったもんです。
その後もわが道を行くサミー。
聞けば熱い酒テキーラの会社で大当たりしたり、と音楽以外でも熱い活躍(?)は健在のようです。
さてここまで私、何回「熱い」といったでしょう?(爆)
それでは熱いパフォーマンス、ご堪能あれ!


「Baby's On Fire ~ 」(1983)


↓やはりおすすめはこのアルバム。VOAとはヴォイス・オブ・アメリカの意味。全米代表!熱いっすね…(笑)。パラシュート姿が似合うロッカーなんてジュリーとこの人ぐらいですぞ(笑)。


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2008年8月13日 (水)

Buffalo Springfield

困った時のニール・ヤング(笑)!
いや、別に困っている訳ではないんですけれども(爆)。バッファロー・スプリングフィールドのご紹介です。
66年にデビューしたバッファロー・スプリングフィールドは、その後CSN&Yでも共に活動する、スティーブン・スティルスとニール・ヤング、それに後にポコを結成するリッチー・フューレイとジム・メッシーナが参加していたという正に伝説のスーパー・グループであります。
2年間の活動で、たった3枚のオリジナル・アルバム。
しかも活動中はなにかと音楽的、人間的対立が激しくニール・ヤングが出たり入ったりしていたようです。お互いの曲のどちらがA面になるか(笑)、と言った部分でも譲らなかった様子。
なにせスティルスやニールはまだ20才過ぎという事もあって溢れんばかりの才能のぶつかり合い、とでもいうのでしょうか、これだけの人達ですから当然と言えば当然だったのかもしれませんな。
フォーク、ロックからR&B、ソウルまで融合し、泥臭く表現したそのサウンドは、アメリカン・ルーツ・ミュージックの底辺をグンと押し上げた、と言ってもいいでしょう!
むしろ解散後に色々なアーティストに影響を与えたようであります。
さてその活動の短さゆえ、きちんと演奏された動画というのはなかなか無いようですねぇ。一番有名と思われる「モンタレー・ポップ・フェスティバル」もニール・ヤングが抜けていた時のもの。そんな中、TVショー出演時の映像を持ってまいりました。
ホストはトニー・マーチン。
途中でギターから手を離しても音が出ている様子をみてもお分かりのように(笑)、当然当て振り(爆)ではあるのですが、何と言っても彼らの勢いと人間関係(笑)が良く出た映像としてご紹介いたしましょう!
1曲目は「フォー・ホワット・イッツ・ワース」。この曲はスティルスがソロ曲としてすでにヒットさせていたもの。この曲を演奏するニールはスティーブンに華を持たせようとしているのか、はたまた本心か、実につまらなそうですな(笑)。他の映像を見ても、この曲に関しては変わらないようです。
一転して2曲目の「ミスター・ソウル」はニールのナンバーで、後ろでのスティルスの思いっきり茶化した様子(笑)が見ものであります。
なんとなく「サティスファクション」チックな(爆)この曲はこの時点ではまだリリース前でありまして、セカンド・アルバム「アゲイン」に収録されたもの。
このセカンドアルバムは一時「スタンピード」として完成される予定だったものが、レコード会社の思惑で発売が取りやめになったといういわく付きの物。この時代はそんな事もあったのですね。
さて、ベースのブルース・パーマーがなんで後ろ向きに座っているの?と思われた方、鋭い(爆)!
実はこのTVショーの収録された67年の1月時点、ブルースはドラッグで逮捕されてカナダに強制送還されていたのですよ。なのでこの後姿はマネージャーのディック・デイビスなのでは?って話です。いやはや(笑)。
私個人としてはニール派なので、スティルスの「俺様」的存在感というのは今ひとつ好きになれない所もあります。いや、才能は認めますよ!もちろん!
その後もCSN&Yをはじめ、ニールと共演を繰り返してますから、音楽以外では案外仲がよいのかも(笑)。
それでは若きアメリカン・ロックの雄達の映像、お楽しみ下さい!



「For What It's Worth ~ Mr Soul」(1967)


↓最高傑作との呼声が高いセカンド。私、この中の「ロックン・ロール・ウーマン」が大好きなんですよ!スティルス・ナンバーですが (笑)。

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2008年7月14日 (月)

Bon Jovi

「乳姉妹」と書いて「ちきょうだい」と読みます(爆)。
86年、かの大映テレビの製作によるこのドラマの主題歌は麻倉未稀の日本語カバーによる「夜明けのランナウェイ」でありました。   凄い入りだな…(笑)。
ボン・ジョビのご紹介です!彼らのデビューは84年。3枚目の「ワイルド・イン・ザ・ストリーツ」がアメリカでのアルバムNo.1に輝いたのが86年という事を考えますと、当伝ロック的には取り上げるには新しすぎるかなぁ、とも思いましたが、もう20年以上も前の話なんですねぇ…。
もちろんみなさんご存知の通り、ボン・ジョビといえば、いまやアメリカを代表するバンドと言っても良いほどのスター中のスター
しかしながら、デビュー時はさほど大きな取り上げ方はされなかったような気がしてました。
あー、最初のうち誤解の無いようにお話しておきますが、私ボン・ジョビは大ファンなんですよ(笑)。
で、デビュー直後でしたか、たぶんベスト・ヒット・USAだったかなんだか忘れましたが(爆)、期待のニューカマー、ってことでボン・ジョビヘッド・ピンズ(ダービー・ミルズというちょっとシャクれた(失礼)ネーちゃんがボーカルのバンドね)の両方が取り上げられていたんですよ。
友人と「どっちがブレイクするかねぇ」、って話で盛り上がったのですが、とにかく当時、どっちのバンドも微妙に癖のある感じで甲乙付けがたかった(笑)。
特にボン・ジョビはバンド名がヘンテコでしたし(笑)、デビュー曲、「夜明けのランナウェイ」はプロモーションビデオや振り付けがもうダサくてですね(爆)、おまけにありえないほど「ベタ」なキメフレーズやギターのアーミング歌謡曲さながらの曲展開ということで、満場一致で「これは無いだろう」、と(爆)。
で、現在ですよ(笑)。
人の見る目って本当に当てにならないもんですよね(爆)。
あらためて誤解の無いように話しておきますが、私、ボン・ジョビは大ファンなんですよ(笑)
でもなぜか猛烈に惹き付けられるものがあったのは事実。
ハイトーン主流のアメリカン・ハードの中にあって、搾り出すようなジョンの声は異質な感じがしましたが、他の曲でも聴かれるように、ラストの部分ではしっかりと高い声も披露するなど、無駄に実力を見せない奥ゆかしさにはちょっとヤラれた感じがしましたし、アルバムには思わず唸るようないい曲が沢山収録されていて一気にファンになったものです。
まあ、その後の活躍は私なんぞがとやかく言うまでもありませんが、その痛快なライブパフォーマンスと傑作アルバムの連発で一躍トップに立った彼らも、スーパースターにありがちなソロ活動の活発化や、アルコール依存などの私生活の乱れなど、幾多の危機を克服。現在の地位を築いたと言えましょう。
ギターのリッチー・サンボラあたりをとって見ても、初期のトリッキーな早弾きはすっかり影を潜め、バンドのサウンドもむしろ少々地味か?と思わせるぐらいの落ち着きぶり(笑)。
バンドというものは成熟すると原点回帰としてブルースに向かったり、色々な方向性を示すものですが、ボン・ジョビの場合はアメリカン・ルーツ・ミュージックやカントリー・テイストを強めていった、というのは彼らの出身を考えても自然な流れでしょう。
カントリー好きの私としては願っても無い(笑)!
さて動画ですが、もう出尽くしてますよねぇ。
「夜明けのランナウェイ」の動画として初期の物で有名なのは84年の西武球場、スーパーロック84というMSGやスコーピオンズが共演したフェスに新人バンドとして出演した時の物。この時の素晴らしいステージングが日本での先行した人気に一躍買ったと推測されるのですが、まあ、その映像では当たり前なので、アメリカでのTVショー出演時のものをチョイスすることといたしましょう!と言ってご紹介したら、あらら、一週間で動画が消えてしまいました…(爆)。

ということで、急遽、同番組の中から「シー・ドント・ノー・ミー」の動画をお届けいたします。
もう完全に当て振りですが(爆)、演奏力については疑う余地もありませんので、ご了解を。では若き日のボンジョビ、とくとご覧あれ!



She don't know me 」(1984)


↓もう思い出としてですね(爆)、ファーストを聞いて下さい(笑)。


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2008年4月19日 (土)

Steve Miller Band

チュイン!チュイーン!リバーブの効いたギターが印象的、スティーブ・ミラー・バンドの登場です!
68年デビューのスティーブ・ミラー・バンド。その名の通りギタリストのスティーブ・ミラーを中心に結成。
結成当初は学生時代の友人、AORの大御所ボズ・スキャッグスが在籍。ジャーニーのベーシスト、ロス・ヴァロリーが参加していた事もあります。
デビュー前はスティーブ・ミラー・ブルース・バンドと名乗っていたことからもわかるように、当初はR&Bに根ざしたサウンドでしたが、徐々にスティーブ特有のポップでキャッチーな路線に変更。
「セイラー」「ジョーカー」「ペガサスの祈り」など、70年代には次々とヒット曲を生み出して行きます「アブラカダブラ」なんて曲もありましたね(笑)。
まあとにかくシャキシャキと小気味よいカッティング微妙にイナたい(笑)スティーブのボーカル。ヒット曲が多かった割には、現在はすっかり話題に上らなくなってしまいましたなあ…。残念であります。
さて動画は76年のアルバム「鷲の爪」よりタイトルナンバー。
ジョー・ウォルシュの時の映像で御馴染み、TV番組「ドン・カーシュナーズ・ロック・コンサート」でのライブからであります。
「フライ・ライク・アン・イーグル」がいきなり和訳の「鷲の爪」となってしまうあたり、レコード会社のこだわりを感じますね(爆)。
そしてこの深~いディレイの導入部のギター。そう、スティーブ・ミラーの曲ってイントロの部分にミョーなシンセの音が入っていたりする事が多かったですよね。
今改めて聞くと、後半の曲調とのギャップでそのセンスは「どーなの?」とか言いたくなるような感じだったりしますが、そこもまた良し(笑)。
このサウンドで会場のうら若き乙女たち(?)がクネクネ踊るのは凄い光景と言えますが(爆)、この時期特有のうねるような「ノリ」はサウスポーの黒人ベーシストのグルーブによる所が大、と見ましたぞ。
ここで弾いているギブソンのレスポール・ジュニアもゼマティス・ギターばりの装飾がされていて、全く別の楽器のよう。レアです!
メンバーは変わっても、現在もしっかり活動しているようですね。
それでは若きスティーブ・ミラーの熱演、ご覧あれ!



「Fly Like an Eagle」(1976)


↓動画曲収録のヒットアルバム「鷹の爪」。ジャケットが激カッコいい!このジミヘンよろしく、逆効き用のギターをつかうってのがいいですね(笑)。彼はこの他にも白い左用ストラトも使用。



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