2010年10月17日 (日)

Nick Gilder

絶対女だと思ってました(爆)。ニック・ギルダー
「伝ロック名曲館」は78年、ニック・ギルダーの「ホット・ チャイルド」のご紹介です。
78年の全米チャートで1週だけNo1となった曲ですが、初登場から1位獲得まで20週 かかったという当時の記録であります。
当伝ロックの名曲館と言えば「一発屋の扱いでしょ?」とか思っている 方!
なんてこと言うんですか!!
全くその通りです(爆)。
とか言ったらはなはだ失礼ですが…。
時期としては もうディスコ・ヒットやニュー・ウェイブの影がちらつく頃ですが、ニックの「ホット・チャイルド」はグラム ・ロックの味わい満点のミドル・ポップ・ロック・ナンバー
ニック・ギルダーはイギリスの出身ですが、11歳 でカナダへ移住。その後も行動を共にする盟友、ギタリストのジミー・マックローと共に75年に結成したのが「 スウィーニー・トッド」というグラム・ロックバンド。
ギルダーの細~い中性的な声が印象的なシングル曲「ロ キシー・ローラー」をカナダのチャートで1位に送り込むなど注目されますが、ギターのジミーと共に脱退。
77 年にソロデビューとなります。ちなみにニックの後釜として「スウィーニー・トッド」にボーカルとして参加し たのが、当時若干15歳だったブライアン・アダムスだそうで。
カナダやなぁ…(意味不明)。
でニックの運命を 決定したのがプロデューサーの鬼才、マイク・チャップマンとの出会い。
シングルリリース曲での迷いはあった ようですが、アルバム「未来派紳士」(笑)から切ったこの曲が見事ヒットした、というわけであります。
で、 動画!
どうですか!この声、このルックス、このパフォーマンス!
なんか妙に薄い(失礼!)ロングヘアーのブ ロンドといい、実にキッチュな印象!
私なんぞは若き日のトム・ぺティを思い出してしまいますが。
さて私的に ツボなのが脇を固めるギタリストのジミー(ジェームス)・マックロー(マカロック?)
名前が似てますが、 亡くなってしまった元ウイングスのギタリスト、ジミー・マカロックとは別人
左利きでありまして、後に見ら れる動画では右用のレスポールをブリブリ弾いてて実にカッコよろし! 
で、その後のニックですが、大ヒット こそ出なかったものの、80年代中盤までは地道にアルバムをリリースして活動していたようです。
またなにより 評価されるのが、彼のコンポーザーとしての手腕
ニックの作になる「スウィーニー・トッド」時代の「ロキシ ー・ローラー」はスージー・クアトロがカバー。
パティ・スマイス&スキャンダルの「ウォーリアー」をはじめ 、パット・べネターベット・ミドラージョー・コッカーらにもご機嫌な楽曲を提供しているのであります。
さらに現在はなんと「スウィーニー・トッド」名義で活動中!もう隣にジムの姿はありませんが、胴身こそ太く なったものの(爆)、ロングのブロンド、いまだにトレードマークの「はだけシャツに首輪ネクタイ」(笑)で 元気なところを見せているようです!
それでは若き日のニックの映像、お楽しみ下さい!



「Hot Child In The City」(1978)


↓名曲揃いにつき、ベスト盤のチョイス…とおもいましたが、画像付きがない!ってことで、セカンドとサード のお得なカップリングCDをおすすめしましょう!

 


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2010年5月 5日 (水)

The Box Tops

追悼…。アレックス・チルトン
今回は67年秋に4週連続全米1位、年間チャートでも6位を記録した名曲、ボックス・トップス「あの娘のレター」をお届けいたします!
ボックス・トップスはアメリカはメンフィス出身のグループで、65年結成。
当初「デヴィルズ」と名乗っており、皿洗いのバイトなどをしながら世に出る機会を狙っていた無名の若者達でありました。
そんな彼らを一躍トップ・ヒット・アーティストに仕立て上げたのが、後にアレサ・フランクリンやジェームス・カー、ジャニス・ジョプリンらに名曲を提供して有名になるダン・ペンであります。
白人ながらR&Bやサザンソウルに傾倒していたダン・ペンは当時プロデューサー業をスタートさせたばかりで、ボックス・トップスはまさにうってつけの秘蔵っ子となった形。
デビュー曲「あの娘のレター」はカントリー界で有名なウェイン・カーソンのペンになる曲で、ソウルフルなコーラスやぶ厚いホーン・セクションでの渋い仕上がりでありながら、サビでの若者らしいポップな味付けが絶妙
特に当時若干16才(!)のボーカル、アレックス・チルトンのハスキーで渋い歌唱は見事ですね!
さて動画でありますが、実際はメンバー全員が若く、ダン・ペンの下、アイドル的な登場をしたバンドだった彼らのレコードではチルトンのボーカル以外ほとんどがスタジオ・ミュージシャンによって演奏されていたらしい…。
まあバーズやモンキーズもそうでしたし、当時としては結構あたりまえの事だったのですが、当然TVショーなどは当て振りとなっているものがほとんど…。
しかーし!あるもんですねぇ!生演奏を発見いたしましたよ!
やはりTVショーでの映像のようですが、いかがでしょう!
ブラスセクションもないですし、ちょっと物足りない印象ではありますが、斜に構えた(笑)。チルトンのボーカルも確かですし、アレンジにも工夫が見られて好感がもてると思いませんか?
しかしこのギタリスト、ゲイリー・タリーの抱えている変なギターは何というものでしょう(笑)。
ちょっと調べても分からないのでどなたかお詳しい方、お願いいたします(爆)。
さてこの後のボックス・トップスですが、キーボードのジョン・エヴァンス、ドラムのダニー・スマイズが大学進学のために脱退してリック・アレンとトム・ボッグズが参加。
68年4月にはダン・ペン&スプーナー・オールダムによるサード・シングル「クライ・ライク・ア・ベイビー」が2位のヒットを記録、その後も「チュー・チュー・トレイン」もそこそこのヒットと快進撃でしたが、次第に人気も翳りはじめ、チルトンとタリーを除くメンバーが変わった3回目のメンバーチェンジを経て、70年2月にオリジナル・メンバーがすべて脱退、活動停止となります。
プロデューサーによって細部まで指示された活動…。
若くして翻弄された哀しき末路であったと言えます。
その後ボーカルのアレックス・チルトンはバンド「ビッグ・スター」を結成。
伝説のパワー・ポップ・バンドとして数々のアーティストにリスペクトされて行きます。
この「ビッグ・スター」での音楽性から言ってもボックス・トップス時代は本来のチルトンの志向とはちょっと違っていたのかな?とも思われます。
私も大好きな「ビッグ・スター」、いずれここ伝ロクでも取り上げたいと思っております。
ところで70年に解散したはずのこのボックス・トップスですが、なんと72年から74年まで、まったく別のメンバーで活動した記録が残っているんですよ(笑)。
この辺がアメリカン・ショービジネスのしたたかな所でもありますなぁ。
オリジナル・メンバーとしては89年のチャリティーによる再結成を経て、96年に正式に活動をし、アルバム「ティアー・オフ!」を発売、「あの娘のレター」も改めて収録されていました。
時折再結成もしていたようなのですが、残念ながらチルトンが急逝…。
心臓発作であったようです。
さあ、気を取り直して行ってみましょう!名曲をどーぞ!




「The Letter」(1967)


↓オリジナルアルバムは4枚ともCD化されてます。ベスト盤がよいチョイスかな?


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2009年7月28日 (火)

The Lovin' Spoonful

モミアゲアゲイン(意味不明)(爆)!
ラヴィン・スプーンフルの65年のデビュー・ヒット「魔法を信じるかい?」伝ロック名曲館でのご紹介です。
60年代初めにニューヨークを中心に活動していたフォーク・グループ「マグワンプス」。64年にグループを離れたキャス・エリオットとデニー・ドハーティーは後にあの「ママス&パパス」を結成するわけですが、残った2人、ボーカルのジョン・セバスチャンとギターのザル・ヤノフスキーを中心に結成されたのが、「ラヴィン・スプーンフル」なんであります。
デビュー曲の後も、翌66年には、やさしいメロディーの印象的な「うれしいあの娘」、古きアメリカを彷彿させる「デイ・ドリーム」、そしてビートの効いたフォークロックナンバー「サマー・イン・ザ・シティー」では全米1位を獲得、とヒットを連発していきます。
ビートルズやストーンズが登場、おりしもブリティッシュ・インベンション花盛りの時代ですが、彼らの場合バリバリロック、というよりもメロディーの良さやアレンジで名曲を生み出して行った、という印象がありますね!
秘密は彼らの豊富なバックボーンをもつ音楽性にあるともいえます。アメリカン・トラッドR&B、学生時代に研究していたというジャグ・バンドの要素など古き良きアメリカを彷彿させるサウンドは「グッド・タイム・ミュージック」とも呼ばれていたのであります。
またイギリスでも人気を博していたらしいですね!
今回取り上げた「魔法を信じるかい?」はもう誰しもが聞いた事があるはず!
ランディー・ヴァンウォーマーやショーン・キャシディー(!)、最近ではピーターパン2のテーマとしてのAly & AJ(アリーアンドエイジェイ)など、カバーも数多く存在。またCMで使われていた事もありましたか。とても40年以上前の曲とは思えない曲ですね!
で、動画なんですが、ボーカルのジョン・セバスチャンがかかえている楽器はオートハープと呼ばれる物。こんな感じで弾き語りしてる人を初めて見ましたよ(笑)!
このジョン・セバスチャンという人、元々はクラシック・ハーモニカ奏者らしいとのこと。他にも曲によってはギターやキーボードもこなすマルチな人なんであります。
それからイントロで印象的なカッティングを決めているギターのザル・ヤノフスキー
私はこの人の使っているギターにピーンと来ましたよ!
ちょっと変わった形のこのギター、ビザール・ギターオイニーンプンプしますね(なぜ業界語?)(爆)。
メーカーはアコースティック・ギターでお馴染みの「ギルド」。「サンダーバード」(通称シャーク)という63年から68年にかけて生産されたモデル。
なんか平行四辺形のような形で、素で見ると微妙なんですが、こうやってぶら下げるとなんともカッコいい!
でこのギターの特徴が「ビルト・イン・スタンド」という機構。ギターの裏に溝が彫ってあって、金属の板がくっついているのであります。
これを引き出すと…ほーら!写真立てのように自分で立った!
ギタースタンドいらずで王様もビックリ(笑)!ですよね。
なかなか楽しいアイディアですが、普及には至らなかったようであります(笑)。
ちなみに「デ・アルモンド」というメーカーが現在「ジェット・スター」というモデル名で再生産しているようですが、今風なアレンジになっちゃっていて、背中のつっかえ棒(笑)も付いてないようです。
さて順風満帆に見えたラヴィン・スプーンフルですが、67年にギターのヤノフスキーがメンバーのスティービー・ブーンを巻き込む(?)形でマリファナの不法所持で逮捕…。それが元で脱退。
さらにアルバム「エブリシング・プレイング」発表後、68年には中心人物のジョン・セバスチャンも脱退となり、バンドも解散してしまうのです。
ギターのヤノフスキーは音楽をやめてレストラン経営をしていたようですが、02年に故人に、ジョン・セバスチャンはソロとしての道を歩んでいくわけです。
91年にドラムのジョー・バトラ、ベースのスティービー・ブーン、後加入のギタリスト、ジェリー・イェスタが中心となって再結成していますが、さすがにオリジナルのリード・シンガーが不参加なのは厳しい気がしますね…。
それで、当初公開していたクオリティーの高い動画が削除れてしまいました…(爆)、エド・サリバン・ショーが一番見れるバージョンであることに間違いないのですが、あえて画質は落ちますが生演奏バージョンにて再度アップさせていただきます!それではどーぞ!




「Do You Believe in Magic」(1965)


↓やはりベスト盤のチョイスが妥当かと。色あせない名曲の数々…。


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2009年6月14日 (日)

James Gang (Joe Walsh)

ええーおっちゃんやぁ~(笑)。
アメリカン・ハードロックバンドとして、グランド・ファンクらと、トリオ・ハード・ロックとしてはクリームらとも並べられて賞される「ジェームズ・ギャング」
当伝ロックとしては、3代目ギタリスト、後に4期ディープ・パープルに参加したトミー・ボーリン時代の映像を取り上げ済みでした。
まあ、本来ジェームズ・ギャングと言いますと、一番有名なのが、その後イーグルスに参加して名盤「ホテル・カリフォルニア」によって一時代を築いたギタリスト、ジョー・ウォルシュが参加していた時代。すっかり遅くなっちゃいましたが、ようやく取り上げさせていただきましょう。
曲はジェームズ・ギャング、というよりも、その後のソロや、イーグルスのライブでも演奏されている名曲「ウォーク・アウェイ」をお届けいたします。
カテゴリーも「伝ロック名曲館」ということでひとつ(笑)!
ジョー・ウォルシュも思わずソロを先に取り上げちゃいましたが、往年のハード・ロック・ファンにはやはりジェームズ・ギャング時代の映像も押さえておきたいところです。
69年にアルバム「ヤー・アルバム」でデビューしたジェームズ・ギャングは当初ギター・ボーカルのジョー・ウォルシュ、ベースのデイル・ピーターズ、ドラムのジム・フォックスのトリオでした。
今となって思えばアメリカン・ハードロックバンドとは言うものの、カントリーやルーツロック等を巧みに取り入れたその音楽性ジャンル分けの大好きなここ日本ではなかなか立場は難しかった感がありますなぁ。
同じく代表曲、「ファンク#49」が収められた70年のセカンド・アルバム「ライズ・アゲイン」、そして「サード」
同71年の「ライブ・コンサート」を最後にソロに転向するまでのアルバムは全て名盤と言ってよいでしょう!
特にジョー・ウォルシュのその後のイーグルスへの参加について、意外だった、とかいう意見は多かったのですが、その後の彼の音楽とキャリアを聞いていけばあながち外れではなかったとも言えます。
この辺はジョー・ウォルシュのソロの項目でも書きましたので、そちらををご覧くださいませ(爆)。
さて動画!どーですか!このイントロ、そしてギター・サウンド
鼻にかかったジョーの声!そしてこのダイナミズム溢れるこのパフォーマンス
ジム・フォックスのロイド眼鏡
関係ないか(笑)。
よく聞いて見ればその演奏の中にもジョー・ウォルシュの多彩さ、間口の広さを垣間見ることが出来ます。
72年、バンドにはボーカルのロイ・ケナー、ゲス・フーに行ったギターのドミニク・トロイアーノが参加。微妙に音楽性を変化させますが、73年には伝ロックでも映像紹介済みのトミー・ボーリンが参加してのハードロック大会となります。
その後75年ギター・ボーカルのバッバ・キース、76年キーボードのボブ・ウエッブオリジナル・メンバーの2人のリズム・セクションを除いたフロントマンが移り変わりますが、すっかり勢いが削がれていった感は否めません。
しかしこれだけフロントが変わると同じバンドとして考えるのも難しくなっちゃいますね…。
ちなみに96年からは、ジョー・ウォルシュが参加してデビュー時オリジナル・メンバーでの再結成が行われまして、現在も節目での活動が行われているようです。
近年すっかり「ええーおっちゃん」化しているジョー・ウォルシュですが、若々しい時代の代表曲、お楽しみ下さい!




「Walk Away」(1971)


↓スタジオ盤では71年の3枚め、「サード」に収められておりましたが、私的にはウォルシュ時代の集大成とも言える同71年のライブアルバムをお勧め!ハードな曲はよりハードに!必聴!


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2009年2月15日 (日)

The Troggs

いなたすぎますっ。トロッグス!
「恋はワイルド・シング」であります。
ジミヘンや、映画メジャーリーグの挿入歌としてバンド「X」のバージョンが有名ですが、さらにはセネター・ボビー、ファンシー、アマンダ・リア(笑)まで数々のアーティストにカバーされているまさに名曲
ちょっと昔の(爆)皆様には、このトロッグスの66年のヒット(全米1位、全英2位)としてご記憶の方も多いと思います。
トロッグスはイギリスはハンプシャーの出身。ガレージ・バンド、イギリス最初のパンク・バンドという言われ方もされている彼ら、デビュー時は「トログロダイツ」(笑)という名前だったそうです。
キンクスと喧嘩別れしたプロデューサー、ラリー・ペイジの手によって再デビュー。そのナンバーがこの「恋はワイルド・シング」だった、というわけ。
トロッグス自体はマイナーな曲調ファズの効いたギターダミ声で粘っこいボーカル助平な歌詞(笑)が特徴でありますが、意外にもバンドのポテンシャルは高く、特に60年代のアルバムの曲はなかなかポップかつビートの効いたいい曲が揃っているのです。
特に67年の「ラブ・イズ・オール・アラウンド」なんてとっても素敵なバラード。
動画としてはデビュー時の縦縞スーツでもって地下鉄のホームで演奏しているプロモビデオがお馴染みなんですが、やはり生演奏バージョンを見たい、ということで、70年代の映像ながら探してみました。
どうですか!なんだか危ない雰囲気プンプンですな(爆)。
パンクと言うよりはかなりもうハード・ロックっぽい、と言いますか、興味深いですね。
そんでレコードでも聴かれる間奏のオカリナが猛烈な脱力感を演出しております(笑)。
聞けばこの影響で当時オカリナがバカ売れしたとか…。本当なんでしょうか(笑)。
そういえば、デビュー時メンバーのファーストネームがレグ・トロッグ、クリス・トロッグ、てな具合に全てトロッグ表記になってたって本当でしょうか(現在は違います)。
だとするとまんまジョーイ・ラモーン、ジョニー・ラモーンとかいうラモーンズと一緒じゃん!ていうかラモーンズが真似?
それもそのはず、ラモーンズも彼らの曲をカバーしているぐらいですから、影響を受けているのでしょう。
ちなみにこの「恋はワイルド・シング」は彼らのオリジナルではありません
アメリカのソングライターチームだった、ジャストアス(アル・ゴーゴニ&チップ・テイラー)のチップ・テイラーのペンによって65年にすでにリリースされていたという話です。
他にもホリーズやリンダ・ロンシュタットがカバーした「アイ・キャント・レット・ゴー」なんかも彼の作品のようです。
本人も最近ライブで演奏しているようで、フィドルなども入ったカントリーテイストになってましたね。
当のトロッグス、なんとバンドはボーカルのレグ・プレスリー、ギターのクリス・ブリットンを中心にまだ存続中(!)でありましてこの曲も演奏。
ジジイになっても(失礼)相変わらずの助平ぶり(爆)を発揮しているようです!
それではご覧ください!




「Wild Thing」(1966)


↓他にもいい曲がたくさんありますので、ベスト盤をおすすめです!


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2009年2月 8日 (日)

Rare Earth

ヒ、ヒゲゴジラがコンガ叩いとるっ(爆)!レア・アースであります。
曲は超有名曲、「ゲット・レディー」
デトロイト出身「レア・アース」は、かのモータウンが白人のソウル・ロックレーベルとして立ち上げたレーベル、その名も「レア・アース・レコード」からデビューした5人組であります。
厳密にデビューは68年のようですが、69年モータウンに移って発表したアルバム「ゲット・レディー」から、同名シングル「ゲット・レディー」が70年に大ヒットとなります。
そもそもこの曲は同じモータウンのテンプテーションズが66年にヒットさせた曲のリバイバルでありまして、スモーキー・ロビンソンのペンによるもの。
これをバリバリのファンキー・ロックで演奏したバージョンなのであります。
時代の流れもあってか、日本でも70年代のディスコ・ヒット・ナンバー(笑)と認識されている向きもありますが、映像をご覧下さい。
バリバリ・ロックです。
しかも野獣系です(笑)。私の好きな(爆)。
私としても当時の印象はほとんど無いのですが(爆)、某TVで放映されたこの映像を見てすっかりやられました(笑)。
いやあ強烈ですね。歌いながらドラムを叩く当時のメンバー、ピート・リヴェラもなかなかですが、パーカッション担当のエド・グスマンなんかまるでヒゲゴジラかと思いましたよ。
キーボードのマーク・オルソンも上半身裸
グランドファンクもそうでしたが、基本、上半身裸でしょう(笑)。
この曲の他にも「アイム・ルージング・ユー」、「アイ・ジャスト・ウォント・トゥ・セレブレイト」などのヒットもありますが、78年に一度解散。
現在は中心人物でサックス・プレイヤーだったギル・ブリッジスを中心にまた元気に活動しているようです。ただすっかり老人集団になっているようですが…(爆)。
74年、カリフォルニア・ジャムの映像も良かったのですが、やはり私が衝撃を受けた、こちらの動画をご覧下さい!
超有名な映像で恐縮ですが…。
これでもかっのドラムソロあり(笑)!是非ご堪能下さい。
それではどーぞ!



「Get Ready」(1973)


↓アルバム「ゲット・レディー」。B面はたった1曲、「ゲット・レディー」で21分!強力です。セカンドとのコンピ盤でぜひ!ちなみにセカンドのタイトルは「エコロジー」。38年前ですよ!先見の名あり。意味違うと思うけど(爆)。


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2009年1月 2日 (金)

Spencer Davis Group

ダダダダダッ!ドゥン! ダダダダダッ!ドゥン!ドライブ感抜群のナンバー、「愛しておくれ」(ギミ・サム・ラヴィン)
オリジナルはイギリスの「スペンサー・デイヴィス・グループ」で67年のヒット曲。
他にも「アイム・ア・マン」「キープ・オン・ランニング」などのヒット曲はありますが、私的には「ギミ・サム・ラヴィン」の印象でしょうか。
当時ブリティッシュ・インベンションの真っ只中でアメリカのR&Bに影響をうけたバンドが続々登場した中でも1、2を争う本格派だったと記憶しております。
実にカッコいい。
特にこの曲はブルース・ブラザースをはじめ、グレイト・ホワイトサンダーなどにもカバーされているのですが、このカバー・バージョンもまたカッコいいんですな。これはもうオリジナルの良さ、という事なんでしょう。まさに名曲館のカテゴリーでご紹介するのにふさわしい曲と言えましょう。
そして前出のヒット曲をはじめ、この曲を作り強力にグルービーなオルガンを弾き歌っていたのが当時若干17才(!)かのスティーヴ・ウィンウッドなのであります。とにかくオルガンをはじめ、ギターもハープもこなすんですから!
当時見た目こそ、まだあどけなさが残る感じでしたが、その黒人顔負けの歌唱と才能で神童と呼ばれたのもうなずけますな。動画でも堂々たるパフォーマンスであります。
元々はリーダーでギタリストのスペンサー・デイヴィスとドラムのピート・ヨークの二人にスティーヴとベーシストでもある兄マフのウインウッド兄弟が加わる形で結成されたバンドですが、この後間もなくウインウッド兄弟が脱退。
スティーヴはその後トラフィック、エリック・クラプトンとのブラインドフェイス、そしてソロと常にその才能を開花させて行ったのは周知のとおりであります。
一方看板を失ったスペンサー・デイヴィス・グループ。言っちゃあなんですが、「内山田裕とクールファイブから前川清が抜けました!」(笑)みたいな状況なわけですから(実際そうなった事がありましたが…)これは一大事なわけです(爆)。
しかしながら、その後加入したギター・ボーカルフィル・ソウヤーとキーボードのエディ・ハーディン時代もなかなかだという話。未聴ですが(爆)…。
70年代、80年代にソロ活動をはさみつつも、バンドは現在も活動中であります。
メンバーは彼以外違っちゃってますが、スペンサー・デイヴィスがいればスペンサー・デイヴィス・グループを名乗れるわけですから(笑)、当然と言えば当然ですね!
それでは若きウインウッドの快演、ご堪能下さい!



「Gimme Some Lovin'」(1967)


↓とりあえずウインウッド時代を網羅したこちらのベスト盤をおすすめいたしましょう!彼らのオリジナルアルバムは当時のモッズ・ファッションを意識した実にファッショナブルなものが多かったんですよ。紙ジャケで出てましたが、今手に入るのでしょうか?見つけたら即買いだっ!(笑)。


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2008年10月 5日 (日)

The Guess Who

ゲス・フーでゲス(爆)。
カナディアン・ロックの至宝、ゲス・フーの70年の代表的ヒット曲、「アメリカン・ウーマン」
レニー・クラビッツのカバーでも知られるハード・ロックの名曲ですが、初期のゲス・フーはもうちょっと違った路線でありました。
結成は古く、60年。当時は「チャド・アレン&リフレクションズ」あるいは「エクスプレッションズ」と名乗っていたようですが同名のバンドがあったため、改名を余儀なくされたようですね。
音楽性的にはブリティッシュ・ビート系のサウンドだったようで、実際にスモール・フェイセズの曲のカバーをやっている映像を見たこともあります。
そんな彼らがブレイクのきっかけとなったのは「だーれだっ!」という覆面名義で出したシングル。
それが思いのほか好評になってしまい、結局みんなが「だーれだっ!」って呼ぶからバンド名を「だーれだっ!」にしてしまえっ!(笑)、すなわち「ゲス・フー」になっちゃった、ってのがバンド名の由来のようですね。
昔テレビで「宇宙猿人ゴリ」という番組があって、そこに出てくるヒーローが「スペクトルマン」という名前だったんですよ。そんで翌日学校に行くとみんなが「昨日、スペクトルマン見たか?」って言ってるんですよね。である日気が付いたら番組の名前が「スペクトルマン」に変わってしまっていたという…、そんな思い出が頭をよぎりました(爆)。
いや、なんかどうでもいい比喩でしたね(爆)。すみません(笑)。
イギリスに「ザ・フー」という大御所がおりますが、私もガキのころは結構区別が付かなかったくちです(爆)。
ともあれその後ボーカル・キーボードとしてバートン・カミングスが加入。音楽性も若干ソフト・ロックよりな感じに変わって行くのですが(この頃も結構好きだったりします)、70年代ハードロック・ブームを予見するようなハード・リフを打ち出したこの「アメリカン・ウーマン」が大ヒットとなり、「ハード・ロック」バンド的な見方をされるようになったようです。
まあ実際この変化には賛否両論あるようですが、中心人物だったギタリストのランディ・バックマンと共に、カミングスの歌のうまさとピアノのうまさ、それをもとにした間口の広さというのはポイントですよね。
動画で有名なのはスタジオ・ライブのもので、髪の長いカミングスなどカッコよいものの、いかんせん当て振り…。生演奏を身上とする当伝ロックとしては、別なテイクをチョイスいたしました。
なかなか貴重な演奏だと思うのですが、いかがでしょう!
ただカミングスのこの時期の風貌はちょっと(爆)…。「影法師」を歌っているおじさんとは別人なのでご注意を(爆)…。サンキュウッ(笑)!
さてほどなくギターのランディ・バックマンが脱退。その後立派な「木こり」に…じゃなかった(爆)「木こりロック」の異名を取る「バックマン・ターナー・オーバードライブ」を結成、これまた一時代を築き上げます。
バンドそのものは元ジェームス・ギャングのドミニク・トロイアーノなどを加入させたりして活動しますが、75年に解散、となったようです。
2000年に再結成してツアーを行ったりしていますが、現在はジム・ケイルとゲイリー・ピーターソンのリズム・セクションコンビがバンド名の使用権を持っているようで、彼らが中心にバンドは存続中。
バックマン&カミングスも決して仲が悪いわけではなく、時折合流しての活動も行っているようです。
では時のニクソン大統領夫人が、ホワイト・ハウスでの演奏時、歌詞の内容からか「あの曲はやめてね」と言わせしめた(笑)名曲(アルバムバージョンではアコースティック・パートの導入部がありました)。
どーぞお楽しみ下さい!



「American woman」(1970)


↓私としてはぜひ他の曲も味わっていただきたい!ってことでベスト盤をチョイス。

 


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2008年8月24日 (日)

Leon Russell

髭男爵!もとい(爆)!髭仙人(笑)!
伝ロック名曲館でのご紹介は「ア・ソング・フォー・ユー」
往年のポップス・ファンの皆様にはカーペンターズによるカバーが有名でしょうか。
カントリー界の大御所、ウイリー・ネルソンのバージョンもありましたな。
オリジナルはこの人、レオン・ラッセルであります。スワンプ・ロック界の顔役、レオンは50年代にはフィル・スペクターの元で、また60年代はロネッツやバーズのスタジオミュージシャンとして活躍。
さらにはジョー・コッカーを世に送り出し、自身もバンドマスターを務めるなど貢献。
この時の縁でイギリスのプロデューサー、デニー・コーデルと共にシェルター・レーベルを立ち上げ、自身のソロ・アルバムをはじめ、J.J.ケイルやトム・ぺティー、フィービー・スノウなどといったアーティストを紹介するなど、通好みなレーベルとして独自のポジションを築いたと言って良いでしょう。
また、そのキャリアから、この人の人脈と影響力というのも凄いものがありました。
ジョージ・ハリスンのバングラディッシュコンサートへの参加。デラニー&ボニーからの縁でエリック・クラプトンらとも関わりがあり、またその音楽性にも多大な影響を与えたと言っても良いでしょう。ここ伝ロックでも、ちらほら他のアーティストのバックで登場しております。
実はレオン作の名曲はこの「ア・ソング・フォー・ユー」以外にも数多くありまして、「タイト・ロープ」「スーパースター」「マスカレード」などなど、前述のカーペンターズをはじめ、秀逸なカバーが多数
耳にすれば、「あーこの曲ね!」とハタとひざを打つこと間違いなし(笑)。
で、当然本人の歌唱もある訳なのですが、これが実に個性的。
特徴的なハスキーボイスとレイドバックした雰囲気。好みは分かれるところでしょうが、味のあるピアノと共に独特な世界を形作っていますね。
私個人的に好きな「ア・ソング・フォー・ユー」の動画をぜひご紹介したかったのですが、この動画が無い(爆)!で、最近の映像映像しか無くてですね、これがもう機材に囲まれた上、白髪、白髭、サングラスの穴熊みたいになった姿(失礼)でありまして、ちょっとなあ…(爆)という感じ。
なんとか当時の生演奏の映像を!と待つこと1年半(笑)、遂にYouTubeに上がってまいりました!
どうでしょう、このパフォーマンス。イントロの部分はスタジオ版と違っておりますが、途中の声が裏返るあたりはそのままで、これはもう、意識的にやってるんだな、と言うのがわかります。
ではようやく発見!の名曲のオリジナル動画をどーぞ!



「A Song For You」(1971)


↓動画曲収録のファーストアルバム。クラプトンからジョー・コッカー、ビートルズ、ストーンズのメンバーまでもが参加。名盤!

 

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2008年6月 5日 (木)

Stories

ルイルイルイルアー!ルイルアーってどういう意味かっ(爆)!
73年の全米No.1ヒット、「ブラザー・ルイ」。演奏していたのは「ストーリーズ」というバンドでありました。
元々はイギリスのソウルバンド、「ホット・チョコレート」のナンバー。
何組かの競作カバーの中で、このストーリーズのバージョンが、一番「売れた」バージョンと言っても良いでしょう。
元レフト・バンクのキーボード、マイケル・ブラウンが中心となり72年にニューヨークで結成。
特にボーカル兼ベーシストのイアン・ロイドのハスキーな歌声が特徴的で、この「ブラザー・ルイ」も見事なR&Bテイストのロック・チューンとなっております。
実はその後マイケル・ブラウンが脱退。新たにキーボディストとベーシストを加えてイアン・ロイドがボーカルに専念する形となります。
まあ昔からこの様なパターンはあったようですね。ベイビーズのジョン・ウエイト、フリーのアンディー・フレイザー、キャロルの矢沢永吉、あっ、これはちょっと違うか(爆)。
で、ここで加入したベーシストがケニー・アーロンソンなんですな。
勘の良い方、ピーンと来ましたね(笑)!
リック・デリンジャーのバンド、「デリンジャー」や、ビリー・スクワイアのバンドにも在籍。ここ、伝ロックでも人気の記事になりました、H.S.A.S(ヘイガー、ショーン、アーロンソン、シュリーブ)にも参加していた人なんです。ここから出てきたんですねぇ…。うーんマニアック(爆)。
ともあれ動画ですが、73年ながらも、もうイアンがボーカルに専念している時のもの。
ということは、その背格好からして(爆)、恐らくベースはケニーでしょう。でもなぜかほとんど写らないんですけど…。皆さん、どう思われますか?!
味のあるイアンの声、そしてギターのスティーブ・ラブ。いいギター、弾いてます
最近はすっかり耳にする機会の少なくなった感じで残念なこの曲、余談ではありますが、かの「ボン・ジョビ」92年のMTVのプログラム(アンプラグド調のカバー中心のスタジオライブ)でカバーしたのには思わず唸りましたねぇ。
当時のボン・ジョビの音楽性にも「ハマリ」でしたし、脈々と受け継がれる東海岸ロックの系譜を見た思いでありました。
そう、メンバーこそ変わりましたが、現在もイアン・ロイドズ・ストーリーズとして、活動している様子。ボーカルもまだまだイケてましたよ!
それでは(今は?!)隠れた名曲、どーぞ!



「Brother Louie」(1973)


↓この曲が収録されていたのはセカンド・アルバム「アバウト・アス」。手に入れるのは何気に大変そうですね…。


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