2012年1月 4日 (水)

The Sweet

ウィー・ウォン・スィー! ウィー・ウォン・スィー! 
あ、いや中国語ではありません(爆)。英語で言ったら「We Want Sweet!」
ライブの開演前に観客が熱狂して連呼する掛け声。
イギリスのハードロックバンド、スイートのご紹介です!
デビューは68年ですが、芽が出たのはRCAに移籍した71年でありました。
マイク・チャップマンとニッキー・チンのペンによるキャッチーなナンバー「ファニー・ファニー」がスマッシュヒット。続けてリリースした「コ・コ」が全英で2位と順調にヒットを出し、一躍スターダムに躍り出ます。
この初期スイート外部作家の楽曲という事もあったのか、妙にポップスよりなアレンジでティンパレスやスティールドラムが入ったりと、おおよそその後のハードロックイメージとは無縁な感じ
ただその衣装はキラキララメの派手派手!でメイクもあり、のまさしくグラムロックテイストだったため、グラムロック・バンドとしての認識される事となった訳であります。
しかし元々ボーカルのブライアン・コノリーとドラムのミック・タッカーはデビュー前のバンド「ウェインライツ・ジェントルメン」でディープ・パープルのイアン・ギランとロジャー・グローバーと組んでいた経験もある生粋のハード・ロッカー。
自作曲を並べた74年のセカンドアルバム「スイート・ファニー・アダムス」からハードロック色が強まり、75年「荒廃の街角」がリリースされる頃には「ロックン・ロールに恋狂い」「アクション」「フォックス・オン・ザ・ラン」など、ほぼ代表的なナンバーが出揃って来ます。
そのサウンドとルックスから、ここ日本でも当時大変人気があったのもうなずけますね。
また、デフ・レパードサクソン、ライブではダムドオフスプリングまで!数々のアーティストがフェイバリットとしてスイートのナンバーをカバーしている点でもその影響力の大きさがうかがい知れます。
私個人的にはブライアンのガナリ系(爆)のボーカルが得意でなく、当時あまりなびかなかったのですが…(爆)。
またハードロックベースのサウンドにハイ・トーンの分厚いコーラスが重なるという点でクイーンと比較されたりもしたようです。
しかしその後も音楽的にチャレンジを繰り返したクイーンに比べてスイートは70年代終盤に失速…
79年にはボーカルのブライアンが脱退。ギターのアンディ・スコット、ベースのスティーヴ・プリースト、ドラムのミックと3人になったスイートは髪を短くしAORや産業ロック的サウンドアプローチをするも評価されず、82年に解散となってしまいました。
さて動画!人気バンドゆえ数々動画はあるのですが、ほとんどがTVショーなため、当伝ロクのポリシーでもある全盛期の生演奏がなかなか無い!
そんな中、これぞ!というやつ、発見いたしました!
曲は74年「ターン・イット・ダウン」。TVショーながらしっかり生演奏となっております。
決め手はスティーブのベースの音(笑)。
これぞリッケンバッカーというゴリゴリの音!たまりませんね。
彼の中盤でのボーカルもスイートのお約束
ライブ盤などがイマイチの評判なため、その演奏力が過小評価されがちですが、荒っぽいながらなかなかタイトなパフォーマンスだと思いませんか?
特にギターのアンディの安定感は抜群だと思います。
当て振り版(笑)の映像ではギターソロ時にマイクスタンドを擦りつけたり結構無茶苦茶な感じなんですが、この動画ではしっかりとしたフレーズで好感がもてます。
その後のスイートですが、85年のリバイバルヒットがあってブライアンがスイート名義で再結成
さらにアンディ・スコットもアンディ・スコッツ・スイートとしてミックと共に活動を再開するなどそれぞれにスイートを名乗って活動
そしてそれぞれが活動解散を繰り返していたようですが、ブライアンが97年に心臓発作で、ミックが02年に白血病にて他界。残念ですね…。
そして現在になりますとアンディ・スコッツ・スイートのほかになんとベースのスティーブがスティーブ・プリースツ・スイートとして活動開始(笑)。
しかも見た目も哀しいほど太ってる…(笑)。もうわやですね(笑)。
私個人的にはこのスティーブ版スイートがなかなか良いと思っているのです。
というのもこのバンドのギタリストがスチュアート・スミスという人!(この名前でピンときた人、大分マニアですよ)かつて見た目、プレイスタイルがリッチー・ブラックモアそのものということで話題になったリッチー・フォロワー
「ヘブン&アース」というバンドでやっていたはずですが、こんな所に!
動画も見ましたが、まんまリッチーがスイートに入っちゃったみたいで笑えます。
あ、笑っちゃいけないか(爆)。
すっかり話が脱線してしまいましたが、それでは全盛期、74年!
スイートの生演奏を!どうぞ!

 


「Turn It Back」(1974)


↓数多くのヒットナンバーを網羅するにはベスト盤がおすすめ!

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2009年5月 5日 (火)

April Wine

近頃めっきりギターソロが少なくなったとお嘆きのご諸兄の皆様、お届けいたしましょう…って以前にもこんな書き出しがありましたが(笑)、今回はカナディアン・ロックの大御所、エイプリル・ワインをお届けいたしましょう!
69年にモントリオールで結成、72年にデビューしたバンド、エイプリル・ワイン。
デヴィッド&リッチーらのヘンマン兄弟にボーカル&ギターであるマイルス・グッドウィンを加えたラインナップでスタートしたバンドは、73年セカンドアルバムからの「レディになれたのに」(ホット・チョコレートのカバーね)のヒットを足がかりにアメリカでも認知されるようになります。
その後バンドは加入したギタリスト、ゲイリー・モフェットに加え、77年にはもう1人のギタリスト、ブライアン・グリーンウェイの加入によってトリプル・リードギターの体制が完成。
ぐっとハードロックサウンドの傾向を強めていきます。
何と言っても代表作は81年のアルバム「野獣」
このアルバムからは「ユー&ミー」のヒットによって、日本でも話題にのぼることが多くなりました。
基本はメロディアスなハードロック、コーラスもバッチリ、バラードもいける、とあって産業ロックよりのアプローチも感じせせる時代もありましたなぁ。
私的にはライオットなどのライト・ヘビメタなどに近い印象を持ってましたねぇ。
シンプルであってハード過ぎず、軽すぎず、と非常にバランスの良いバンドだったと言えましょう。
しかしまあ、カナダのバンドってどうしてこんなにカッコいいんでしょう(笑)。
ラッシュ、マホガニー・ラッシュ、ゲス・フー、トライアンフ…。日本人にグッとこさせる何かがありますね!
何と言っても中心人物のマイルス・グッドウィン。
ボーカルはもとより時にキーボードを弾き語る
両サイドに2人のギタリストを配しながらも、結局は自分が一番ソロを弾きたがる(笑)、と言ったあたりも良いですね(笑)。
私がチョイスした動画は78年のアルバム、「ファースト・グランス」から「ローラー」であります。
ノリノリのブギーナンバーに緻密なトリプルリードギターが絡むこの曲、大好きなんですよ!
80年のライブ映像よりお届けします。ちなみにこの時はモリー・ハチェットと一緒だったらしいですよ!トリプルギター大会(爆)。
トリプル・ギターと言えば、彼ら、キング・クリムゾンの「21世紀の精神異常者」(!)をバリバリカバーしたりしてるんですよ。これも機会があればお届けしたいところです。
さてバンドは86年に一時活動を休止するも92年に復活!現役バリバリです。
あと何年かで結成40年、ドラマーのジェリー・マーサーなんて御歳70才(!)ですよ!
本当にすごい。
それでは脂の乗り切った時期の演奏、お楽しみ下さい!



「Roller」(1980)


↓動画曲収録ではありませんが、アルバムとしては「野獣」のチョイスが王道かと。


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2009年4月12日 (日)

Vandenberg

金曜日はキンキラキン!っと(爆)。
だいぶ渋いところが続きましたので、久しぶりに新しめの所、行って見ましょう!ヴァンデンバーグです。
ヴァンデンバーグは82年デビューのオランダのバンド。82年と言えばもう当伝ロック的には昨日みたいな話ですが(爆)、非常に印象かったバンドですのでご紹介いたします!
オランダというちょっとロック大国とは違う土壌から登場した彼らですが、米アトランティックレーベルの目にとまり、デビューアルバム「ネザーランドの神話」を発表。
ジミーペイジ所有のスタジオで新人としては異例のセルフ・プロデュースで制作されたこのアルバム、特にバラード・ナンバー「バーニング・ハート」は出色の名曲でありました。
ヴァンデンバーグの中心人物はバンド名にもその名を冠している、ギタリストのエイドリアン・ヴァンデンバーグ
良く練り上げられたたリフ、クラシカルでメロディアス、よく歌うギターソロ。そしてコンポーザーとしての才能。おまけにアルバムのアートワークまでこなす多彩ぶり。
ハイトーンなだけではない、渋さも出せるボーカリスト、バート・ヒーリンクの存在も大きかったですね。
特にこのメロディアスな泣きのハード・ロックに我々日本人は目が無いもんですから(笑)日本でも大変人気がありましたな。
続くセカンドの「誘惑の炎」は市場を意識したか、グッとポップでキャッチーな路線へ。さらにその反省からかサードアルバム「アリバイ」はオランダ人プロデューサーを迎えて制作。
落ち着いた好盤だったにも関わらずセールスが振るわず、ボーカルのバート・ヒーリンクが脱退。その後ご存知の通りヴァンデンバーグはホワイトスネイクに参加したため、バンドは解散となってしまいます。
ちょっと触れますと、この80年代以降のホワイトスネイクはジョン・サイクスのあとにこのヴァンデンバーグ、ディオのヴィヴィアン・キャンベルらを擁したオール・スターバンドでありまして、そんな中順調にスタートしたホワイトスネイクでのキャリアも腕の麻痺という症状に悩まされ、思うように活動出来なかったのは不運と言わざるおえません。
途中ホワイトスネイクのリズム隊と組んだ「マニック・エデン」としての活動を挟みながらも、デヴィッド・カヴァーディルからの信頼は厚かったようで、なんだかんだで90年代後半まで活動を共にしていたようですね。
その後自身が得意とする絵の才能を生かして、画家になったという話もありましたが、やはりこれだけの人、また魅力的なギターを聞かせてほしいものです。
さて!動画ですが、当時唯一のオフィシャルだった、84年の来日公演の映像が有名ですが、ここはひとつ、彼らのの地元、オランダはテクセル・ビーチでのステージからお届けいたしましょう!
アコギをスタンドに乗せて弾く名曲、「バーニング・ハート」もいいのですが、私が個人的に好きな曲、セカンドアルバムの1曲目に収められていた「フライデー・ナイト」をチョイスいたしました!
このキャッチーさには賛否両論あるかも知れませんが、「青春の一曲」(笑)ってことで(意味不明)。
バートのオランダ語でのMCも新鮮ですね(笑)。そう言えば当時、「だってヴァンデンバーグ以外は英語が話せないんだぜ!信じられる?」とか失礼なこと言ってた奴がいたっけ(爆)。真偽のほどはわかりません。
そう、現在04年に一度再結成した映像を見る事ができますが、なかなか渋い演奏でした。
やはり年齢のせいでしょう、キーを下げていたのですが、それが逆に落ち着いた印象でした。
普通は歳でキー下げってのはイマイチなんですけどね。
さあ、それでは80年代バリバリファッション、もろ肩出し出し(爆)の元気一杯のステージ、お楽しみ下さい!



「Friday Night」(1983)


↓動画曲収録のセカンド。キャッチー過ぎるかもしれませんが、よく聞いたアルバムであります。紙ジャケでいかがでしょう。


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2008年11月23日 (日)

Deep Purple (2期)

「ウクトゥトゥウーッ!」(笑)。さあいよいよ第2期パープルの登場であります。
レッド・ツェッペリンと共に、正にハードロックの原型を作ったと言っても良いでしょう、伝説中の伝説のバンド、ディープ・パープルのある意味全盛期とも言える第2期。
当伝ロックでは今まで4期、1期、3期とやってきておりまして、いつ2期をやるのかっ、と思われていた方も多いと思います(笑)。
出し惜しみしていたのか、と言われれば決してそんなことは…あったわけですが(爆)、
実際名曲揃いのこのバンド、どこに焦点を合わせるかが難しかったのも一因であります。
68年に「ハッシュ」でデビューしたディープ・パープルは一種プログレとも呼べるサウンド展開で3枚のアルバムを残したのち、69年にエピソード・シックスというバンドからボーカル、イアン・ギランとベースにロジャー・グローヴァーが加入。第2期の布陣が完成します。
キーボード、ジョン・ロードのクラシックとロックの融合志向とギター、リッチー・ブラックモアのハードロック志向で当初対立があり、「どっちが売れるか勝負だぜ!」(笑)という事になりました。
先行ジョン・ロードが主導権を握ったアルバム、「ロイヤル・フィル・ハーモニック・オーケストラ」はなかなか評価が高かったのですが、翌70年にリッチー主導でリリースしたアルバム「ディープ・パープル・イン・ロック」が大当たり
結果バンドは「ファイアボール」「マシンヘッド」とハードロック路線を突き進み、その評価を不動のものとする訳です。いやあザックリした紹介でした(爆)。
ギター、リッチー・ブラックモアの奏でる独創的なフレーズカリスマとも言えるパフォーマンス。
ジョン・ロード歪んだハモンド・オルガンはギター顔負けのアグレッシブなソロを展開。
左利き、イアン・ペイス超ダイナミックなドラム
へビィなサウンドで流れるようにボトムを支えるロジャー・グローバーのベース。
そしてイアン・ギラン超ハイトーンシャウト
この時期の音源や映像はどれをとっても神がかり的と思えるオーラが出ており、まさに奇跡がおきていた事を物語っています。
彼らの生み出した名曲、「スモーク・オン・ザ・ウォーター」「ハイウェイ・スター」などは、音楽ファンでなくても誰しもが聞いたことがある、といっても過言ではないでしょう。
特に「スモーク・オン・ザ・ウォーター」「チャッ、チャッ、チャ~」(たむけんでは無い(笑))というイントロなんぞは、私世代でギタリストを志す人なら真っ先に覚えるフレーズでした。
そんな刷り込みからか、ギターでもウクレレでも三味線でもチャランゴでもなんでもいいんですが(笑)、弦楽器を持ったらとりあえず「チャッ、チャッ、チャ~」と弾いてみるという。
そんな人、多いんじゃないですか。って私だけか(爆)。
ただこれらの一見とっつきやすい楽曲も本気でやろうとすると相当難しい
かくいう私も、いい大人(笑)になってからもさんざんコピーしましたが、本当に奥が深いと思いましたよ。
しまいにはリッチーのミストーンまで忠実にコピーしては、ほくそ笑む、という(笑)。末期的症状ですな(爆)。
さて動画をどうしようかと思いまして、名曲館としてこれらの曲をやろうかとも思いましたが、まあそういうポピュラーなところは紹介しているサイトも多いでしょう
それは他で見ていただくとして(爆)、ここでは71年、ベルリンのテレビからのライブをお届けいたしましょう。
72年の来日公演を記録した名盤、「ライブ・イン・ジャパン」収録の「ストレンジ・ウーマン」で、リッチーとイアン・ギランが即興でもって、ギターと声で掛け合いをする、という部分がありました。これが実に見事で、お互いをけん制しながらバトルする部分(これも自分のバンドで完全コピーして喜んでましたが…)なんかは「息が合ってて凄いよ、その場でやってるのに!」と大いに感動したものです。
で、この動画曲、「デイモンズ・アイ」は奇しくもアルバム「ファイアボール」のイギリス盤に、日米の「ストレンジ・ウーマン」に代わって収められていた曲なんですが…、
ほとんど同じことやってます(笑)
「実はちゃんと決まっていた」、というのは驚きですよ(笑)!
このスタジオライブ、存在はだいぶ前から知られていて、一部のCDで音源も聞くこともで来たものの、映像で見れるようになったのは本当に最近の話。
いい時代になったもんです。
それからその後のバンドは…第3期の記事をご覧下さい(爆)
それでは絶頂期の奇跡の演奏、お楽しみ下さい!



「Demon's Eye」(1971)


↓どのアルバムも名盤ですが、個人的にご紹介したいのはこちら、「24カラット」!いわゆるスタジオ・ライブとごちゃまぜのベスト盤なのですが、当時個人的によく聞いたもので。なかなかの選曲だとおもうのですが、いかがでしょう!

 

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2008年8月13日 (水)

Free

フリーです。ポール・ロジャース!
嫁は日本人!(だったはず…)当時はそれだけで興奮したもんです(笑)!
 ポール・ロジャースといえば、「夜明けの刑事」歌詞が良かった。「よーあーけの~ けーいじ~」ってね。
冗談はさておき、とにかく驚異的な歌のうまさ。本当にかっこいい!最近はクイーンとの活動などで周囲を驚かせておりますが、ずっと第一線で活動し続けるって凄いですよね。尾崎紀世彦に似てきたってかまうものですか(笑)!デビット・カバーデルあたりを見ていたら、もうその影響は必至ですもの。
そしてギターはチョ-キング一発ですべてを表現する男、ポール・コゾフ。気がつけばボーカリストになっちゃったアンディー・フレイザー、究極のアフタービート、サイモン・カークですよ。

それでは70年、ワイト島ライブからの映像です!どーぞ!



「All Right Now」(1970)


 

↓HRファンなら必聴の名盤、フリーライブ。ハイトーンだけがHRにあらず。

 

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2008年6月 1日 (日)

Alcatrazz

どこからどー見ても横山のやっさんだぁ(爆)!すみません、ちょっと新しめ(?)ですが、アルカトラス、押さえておきましょう!
ボーカリスト、グラハム・ボネットが「マーブルズ}(当伝ロックにて紹介済み)、「レインボウ」でブレイク、ソロ、「MSG」への参加を経て、83年に自身のバンドとして結成したのが、「アルカトラス」であります。
ヘビーメタルのスタイルとはかけ離れたそのファッションと言動で話題だったグラハムですが、なんだかんだ言ってやっぱりこの路線なんですね(爆)。
で、このアルカトラス、一番の功績は2人のスーパー・ギタリストを輩出した点であります。後にその超絶速弾きで一世を風靡するイングウェイ・マルムスティーン超絶変態(失礼)ギタリストのスティーブ・ヴァイ
特にバンド結成時に参加したイングウェイは当時かなりの衝撃でありました。
今でこそ当たり前になった弦を撫でるようにハイスピードピッキングをする「スイープ・ピッキング」による速弾きですが、初めて聞いた時は、「テープの早回しなんじゃねーの?!」とか思ったもんです(笑)。とにかく今まで耳にしたことがないフレーズだったんですね。
当初スウェーデンからバンド「スティーラー」に参加した時点でも一部でもの凄い奴がいる!と話題になってはいたものの、今聞くと、イングェイのソロだけがとって付けたようで、やたら浮いていた印象でした。
それゆえ主に曲作りから関わったアルカトラスでのパフォーマンスはその音楽性、クラシカルなフレーズ、ハードとキャッチーの巧みなバランスにツボを押さえたソロで非常に良くその持ち味が発揮されたと言って良いでしょう。
グラハムとの確執から1年で脱退、自身のバンドに行ってからはその若さと自信から「ソロを弾きすぎる」「態度が傲慢」「太る」あっこれは違うか(爆)と若干評価を下げてしまった感もありますが…。
その後アルカトラスはオーディションの末、スティーブ・ヴァイを迎えるわけですが、グラハムのバンドとはいえ、もとより曲作りは他のメンバーが中心だった事もあり、その音楽性もスティーブ・ヴァイの色に変わって行くのですが、まあ、今回はイングウェイバージョン、ということで。
動画は83年、デビュー・イヤーにアメリカの深夜テレビ、「ロック・パレス」出演時の物から、イントロのギターが印象的な名曲、「ヒロシマ・モナムール」をお届けしましょう!
イングウェイ参加時の物としては、オフィシャルで日本公演のビデオが発売されておりましたが、現在は廃盤。そっちのバージョンと比べてはどうでしょうか…(笑)。
そういえばどう見てもリッチー・ブラックモア度満々な(笑)イングウェイですが、そのプライドからか、当時インタビューでは「そうでもない」的な発言をしていたのが笑えましたな(爆)。
ライブになると思いっきり歌唱力が辛くなる(失礼!)グラハムとは対照的に、若干20才そこそこの元気はつらつ(笑)のイングウェイ、お楽しみ下さい!



「Hiroshima Mon Amour」(1983)


↓グラハムのソロ曲やレインボウのカバーも入っているライブもお勧めですが、ここはやはり名盤として良いでしょう、デビュー・アルバムを推薦!色あせていませんよ!



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2008年3月 9日 (日)

Deep Purple (3期)

マニアックなところが続きましたので(笑)、大御所行ってみましょう!ディープ・パープル、第3期!
1期と4期に続いて、3度めのご紹介です。
68年にデビューしたディープ・パープルはアート・ロック、プログレ・ハードの第1期を経て、70年の「インロック」アルバムからHR/HMの代表格として、第2期に頂点を迎えます。
が、御大リッチー・ブラックモアとの確執から、ボーカルのイアン・ギランがベースのロジャー・グローバーと共に脱退、バンド存続の危機に。
しかしバンドはベース・ボーカルとしてトラピーズからグレン・ヒューズを、また、当時はまだ無名だった、デイヴィッド・カヴァーデイルをメイン・ボーカルに据えて再スタートを切りました。
結果、またしても伝説が生まれたわけです(久々登場、このフレーズ…)。
それまでのパープルのハードでクラシカルな音楽性に、グレンのファンク寄りの音楽性と、一度は加入を打診した、というポール・ロジャースばりのカヴァーデイルのソウルフルでブルージーな歌唱&楽曲のコンポーズ能力。
これが絶妙なテンションとバランスを生み出した、ともいえるのが動画曲の「紫の炎」。
リッチーお得意のリフと3連のフレーズはこの曲をもって難易度を極めた感じですし、バッハのコード進行を流用した、コード進行にのって行くジョン・ロードのハモンド。
ボーカルが入ってからも炸裂するイアン・ペイスの高速ドラムロール
粘るカヴァーデイルのボーカル、相反して、ハイトーンパートでシャウトするグレンのツイン・ボーカル、うねるベースライン!
燃えますねぇ。 一度バンドで演奏しましたが、燃えました!でも難しかった…(爆)。
私が個人的に好きなのは、バラード・ナンバー、「ミステリーテッド」
この曲の重さと深さはなんとも言えません。 実際本人達もお気に入りのようで、一時解散後もリッチー、カヴァーデイル、グレン(!)までもが、セルフ・カバーしたりしてましたね。
本当はこっちの動画で行きたかったのですが、74年のカリフォルニアジャムの映像しかない…。っていうか、第3期の動画ってほとんどこの「カリジャム」のものしか無いんですな。
リッチーがテレビカメラにギターを突き刺したり、アンプを投げ落としたり(笑)演奏共々キレにキレまくっている「カリジャム」はもちろん、最高なのですが、そんなポピュラーな動画を持ってきてもしょうがない(爆)。
ということで、イギリス、ハマースミス・オデオンのライブから引っ張ってまいりました。
正直言って音も演奏いまひとつなんですが(笑)、あえて行っちゃいます。
特にこの音はいわゆるライン録りってやつで、ミキシング・コンソールからダイレクトに録った音。
結果、ノー・エコーなので、アラとか目立ちまくりなんですけど、私あたりは妙に親近感を感じてしまう…(笑)。
もうカヴァーデイルやグレンがすぐ耳元で歌ってる生々しさですから!
でも逆にライン録りでもこのクオリティーなんですから、やっぱり凄い人達なんですね、これ(爆)。
さあそれでは行ってみましょう、ロックンロール!
ここじゃ言ってないけど(爆)!



「Burn」(1974)


↓という訳で今回は第3期のアルバムを紙ジャケでドドンとご紹介。「紫の炎」は名盤なり。



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2007年11月22日 (木)

Y&T

わい あんど てぃいいいーっ! でいぶ めにけってぃいいいーっ!
すみません、取り乱しました(爆)。
イエスタディ&トゥデイ、としてリリースデビューしたのが76年。
2枚のアルバムリリース後、頭文字をとってY&T名義になったのは81年のアルバム、「アースシェイカー」からでした。お馴染み、ジャパニーズHM/HRバンド、アースシェイカーのバンド名がここから取られていることは有名な話であります。
おりしも当時はLAメタルが注目を集めていた時代。
その流れにのって当時は結構人気ありました。
とはいえ、Y&Tの場合はヘビメタというよりはメロディアス・ハードロックともいうべきもので、モントローズやライオットあたりにも通じるソリッドなサウンド、バラードでの泣きのギターなどが魅力でありました。
そのキモとでもいうべきなのが、リード・ギター&リード・ボーカルのデイブ・メニケッティであります。
客をあおって、熱唱し、ギターを弾きまくる、という、もう1人でバンド全部を背負っているようですが(笑)、とにかくカッコよかった。
雑誌のリーダーズポールなどでも上位にランクされたりと、隠れた名ギタリスト、と言うことが出来ますが、私的には彼の声、と言うかボーカルが好きでしたねぇ。
バンド自体、出始めの頃はあまり飾りっ気もなくて、地味な印象でしたが、有名になって行くにつれ、典型的80年代メタルファッションになってきまして、まあ楽曲も一時は産業ロック的アプローチを見せた時代もありました。
90年に一旦解散。95年に再結成してからは、地道な活動を続けているようですね。
最近の動画も見ましたが、さすがにキーを下げてもちょっと声は苦しいか…。体型もポッチャリした感じになってはいるものの、ガッツあふれるギターは健在でしたね。
さてこちらでご紹介の動画はちょっと新しめですが、84年、ご当地サンフランシスコでのライブとなっております。
84年のアルバム、「イン・ロック・ウィ・トラスト」から私の大好きなナンバー、「ドント・ストップ・ランニン」をお届けいたします。
当時の人気がうかがい知れる熱いパフォーマンスとなっております。
それではどーぞ!



「Don't Stop Runnin'」(1984)




↓A&M時代の作品がおすすめ。アルバムとしてはこのアルバムかな?日本のファンへのサンクスソング、「ミッドナイト・イン・トウキョウ」収録!

 

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2007年11月11日 (日)

Saxon

母 「あなたー、あの、80年代のニューウェイブなんとかメタルとか言って出てきたバンドでね、ベースがなんか頭が薄くてオッサンくさかった、あのバンド何て言いましたっけ?イギリスの、サ、サ…」 
父 「お前、その言い方は失礼だぞ!サムソンの事だろ?」
母 「いいえ、違うわ!似てるけど違うのよ。サ…」
息子 「サクソンだろ!2人ともなにいってんだよー!」

というわけで、どっかで聞いたことあるような漫才はこの辺にしまして(爆)サクソンであります。
79年デビューですが、日本で認識されたのは、アイアン・メイデン、デフ・レパード、サムソン(笑)らと共にNWOBHMの一派として、であります。っていうか、メイデンと共に、まさに中核をなしていた、と言って良いでしょう。
モーターヘッドのレミーに目をかけられたことから、正に弟分として正統派「男メタル」(笑)ともいうべき、ちゃらちゃらした所のない、硬派な歌詞とサウンドを持ち味としておりました。
4枚目のアルバム、「デニム&レザー」に代表されるように、ジューダス・プリースト同様、ヘビメタのイメージ作りにも大いに貢献。一部ではバイカーズ・ロック、などと呼ばれたりもしていたようです。
で、動画は83年のライブから、81年の出世作アルバム、「デニム・アンド・レザー」から1曲目、「プリンセス・オブ・ザ・ナイト」であります。まさに油の乗っている時期!
しかしまあ、今見ると強烈なファッションですなぁ(爆)。
でも80年代メタルってみんなこんな格好していたもんです(笑)。
実は私的に印象深いのが、ベーシストのスティーブ・ドーソン
冒頭の家族の会話ではありませんが(笑)、ニューウェイブ~と言って登場してきたのに、ベースの人がなんだか頭が薄くて口ひげで、ミョーにオッサンが入ってる…なんでかな?などと爆発的に失礼なことを口走ってました…(爆)。
とは言え、この人のドライブ感溢れるプレイスタイル、好きでしたね。
この動画でも上半身裸で走り回っております(笑)。
実はこの後、サクソンは一時アメリカを意識したサウンドになって行きまして、急激に人気がなくなってしまいます。多くのバンドがこの時アメリカ市場を意識して方向性を失い、失敗していたもんです。
なんとクリストファー・クロスの「風立ちぬ」のカバーなんかやってたんですよ!クリストファー・クロス・ファンだった私的には「おぉっ!」とか言って喜んでましたが(爆)。
しかし、90年代に入ってからは本来の硬派なサウンドを取り戻し、メンバーチェンジしながらも、現在も精力的に活動を続けております。
最近の映像も見ましたが、まさに「円熟」「貫禄」といった感じでさすがです。
特にボーカルのビフ・バイフォード。キャリア30年であの声、表現力! 頭が下がります。
それではどーぞ!


「Princess of the Night 」(1983)


↓当初日本でリリースされたのは、セカンドアルバム「暴走ドライヴィン」からでしたね。やはりお勧めはこちら。これぞへヴィ・メタル・アンセムだぁ(笑)


 


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2007年10月30日 (火)

Nazareth

ダン・マッカファティーは凄いボーカリストですよ!
ナザレスのご紹介です。「ガンズ?」と思ったそこのあなた!素晴らしい(笑)。
というのも、ガンズ・アンド・ローゼスのボーカル、アクセル・ローズはこのダン・マッカファティーをお手本にしている、というお話。「ニャイ~ン」という歌いまわし(爆)などもそっくりですね(笑)。うなづけます。
スコットランド出身のバンド、ナザレスは71年デビュー。2枚のアルバムを経て、ムーンクレストに移籍してからの3枚目、「ラザマナス」が出世作と言われております。
ディープ・パープルの弟分とも言われたのも、このアルバムからの3枚をロジャー・グローバーがプロデュースしたり、後にジョン・ロードがゲスト参加したり、ということがあったからでしょう。確かに急に垢抜けた、という印象もプロデュースのなせる業か、早くからのロジャーのプロデューサーとしての才能が開花していたことを伺わせます。
とかく日本では特に最近忘れ去られがちな彼らですが、ハードなナンバーから、ポップなバラード、そしてお約束のカバーナンバーなど、特に70年代はいいアルバムをリリースしていた印象です。もっと評価されてもよいのでは、と思いますねぇ。
メンバーも個性派で、ギターのマニーのサスティーン、フィード・バックを効果的に使ったソロも秀逸でした。
私的にツボなのが、ベーシストのピート
まあここだけの話ですが、ベーシストってなんで頭が薄くなるんでしょうか(失礼!)。
いや自分も含むんですけどね(爆)。
一説によれば重低音が頭皮に良くないだの言う人もいますが、医学的根拠はありません。ってあたりまえか(笑)。
しかしこの系統の話題は伝ロックではもはや定番ですな(笑)。
冗談はさておき、バンドはまだ活動中でありまして、思いがけず長寿グループとなっております。実に素晴らしい。
ダンのボーカルも相変わらずのようですし、ベースのピートも最近のライブでは、「ラザマナス」の時には帽子を脱ぎ捨て気合を入れる様子(笑)、オーディエンスにも大ウケしてました(笑)。
さて、動画ですが、生演奏もの、となるとなかなかみつかりませんねぇ…。
というわけで、大変有名なビデオですが、74年の4枚目のアルバムからの先行ヒット、「ディス・フライト・トゥナイト」をスタジオ・ライブでお届けします。
当然「当て振り」ですが(爆)、当時の彼らをよく捉えていると思います。
ではどーぞ!



「This Flight Tonight」(1974)


↓やはりここは出世作か。80年代ものも、ドドッと紙ジャケリリースされましたね!



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